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ボイスドラマの内容
登場人物
- 母/妻(51歳/21歳)・・・大学生時代は演劇部とダンス部をかけもち/現在は社会福祉法人で介護士をしながら、市民ミュージカル劇団で教えているが息子は知らない
- 息子(21歳)・・・大学4年生でYouTuber。特技を生かして映像作家になるのが夢
(※脚注)
- ピルエット・・・バレエ用語。 体を片脚で支え,それを軸に,そのままの位置でこまのように体を回転させること
- パンシェ・・・バレエ用語。 片脚を前、横、後ろのいずれかの方向に上げ、上体を保ったまま、脚を上げた方向の反対側に傾ける動き
Story〜「大学祭のピルエット〜新生活応援/前編」
<シーン1/母51歳/息子21歳> | |
息子: | 「ねえ、ママ。このひとだれ?」 |
母: | 息子がキッチンへ持ってきたのは1枚の写真。 それは、スポットライトを浴びてパンシェ(※)を決める、赤いドレスのバレリーナ。 ・・・30年前の私だ。 やあねえ、どこから掘り出してきたのかしら。 |
息子: | 「ママ?」 |
母: | 「さあ、だれかしら?」 |
息子: | 「この写真、パパのカバンから落ちてたんだけど、きれいな人だよね」 |
母: | 「そう?」 |
息子: | 「え・・・ひょっとして・・・これ、ママ・・・なの?」 |
母: | 「どうかな」 |
息子: | 「すご!ママ、カッケー!」 |
母: | 「そういう口の聞き方やめなさい」 |
息子: | 「ダンスとかやってたんだ?」 |
母: | 「クラシックダンス。バレエよ」 |
息子: | 「ぜんぜん知らなかった!」 |
母: | そういえば、言ってなかったわね。 私、幼い頃からクラシックバレエをやってて、いつも踊ってた。 |
息子: | 「これはいつの写真?何歳?」 |
母: | これは・・・ そう、大学最後の年だ。 21歳だからちょうど今のこの子と同い年ね。 大学祭のときのステージだったと思うけど。 ステージで踊り、その衣装のままカフェで給仕もしたんだわ。 同級生のパパとは演劇部で一緒だったんだけど、 私はミュージカル志望だったから、ダンス部とかけもち。 いつか2人でミュージカルの大舞台に立とう、なんて 大それたことも話し合ってたっけ、うふふ。 |
息子: | 「なにエモい顔してんの?」 |
母: | 「おっと、ごめんごめん。 ちょ〜っと思い出しちゃってね」 |
息子: | 「パパとのこと?」 |
母: | 「うん。スマホだけど別の写真も見る?」 |
息子: | 「見たい!」 |
母: | 「はい、どうぞ」 |
息子: | 「え〜なにこれ?家具がいっぱいじゃん」 |
母: | 「大学祭の写真はその1枚しか私持ってないけど、 そのあと2人で家具を見にいったのよ」 |
息子: | 「卒業後に同棲したってこと!?」 |
母: | 「同棲じゃなくて、私の新生活。 ママの引越しが決まってたから、一気に家具を揃えたの」 |
息子: | 「リッチ〜」 |
母: | 「違うわよ。家具屋さんでセールをやってたの。 それで、ソファからダイニング、ベッドにカーテンまでまとめて買っちゃった。 選んでくれたのはパパだけどね」 |
息子: | 「じゃあ、そのときからパパとは付き合ってたんだ?」 |
母: | 「どうかなあ・・・そんな感じじゃなかったけど」 |
息子: | 「でもパパはママのこと好きだったから、今でもこの写真持ってるんでしょ」 |
母: | 「さあ、どうだか」 |
息子: | 「ママってクールだなあ」 |
母: | 「っていうより、昔からパパの方がホットでちょっぴり強引だったのよ。 私、なかなか決められない質でしょ。 オマエには絶対白が似合う!って、すべて純白の家具をパパが選んだの」 |
息子: | 「パパらしいや」 |
母: | 「私も、白い家具が好きだったからいいんだけどね・・・ 白い木製の家具、ホントに素敵だったなあ・・・ 新婚じゃなくたって、真っ白なインテリアに囲まれた暮らし、憧れてたもの」 |
息子: | 「なにノロケてんの」 |
母: | 「あら失礼」 |
息子: | 「でもいまはうちの家具、割と濃い色の木目じゃん」 |
母: | 「それは、パパが・・・」 |
息子: | 「やっぱパパの趣味かあ」 |
母: | 「いいえ、あなたのために選んだのよ」 |
息子: | 「え?」 |
母: | 「卒業してから7年後にパパとママが結婚してあなたが生まれたから」 |
息子: | 「あ・・」 |
母: | 「あなたとの新しい生活のために、パパがこの家具たちを選んだのよ」 |
息子: | 「そっか・・・」 |
母: | 「木の家具を選んだのは赤ちゃんのあなたのため」 |
息子: | 「うん」 |
母: | 「あなたを守るために、自然の優しい材料にして」 |
「あなたが優しい心を持てるように、優しい木目の色合いにして」 | |
「あなたの未来のために、環境にも配慮して、って」 | |
息子: | 「すごいな・・・」 |
母: | 「木の家具は耐久性もあって、お手入れもかんたん。 それに木って呼吸するから、部屋の中の湿度を調整してくれるでしょ」 |
息子: | 「そうなんだ・・・」 |
母: | 「次はあなたの新生活ね」 |
息子: | 「なにそれ」 |
母: | 「1人暮らし?それとも結婚・・・」 |
息子: | 「まだ早くない?」 |
母: | 「人生に早いも遅いもないでしょ。この世は舞台、人はみな役者なんだから」 |
息子: | 「ママ・・・」 |
母: | 息子が切なそうな表情で私を見つめてくる。 いつまでもそばにおいておきたいけど、新しい一歩は自分で考えて踏み出さないと。 独り立ちをするとき、あなたを優しく見守ってくれるのは、きっと新しい家具たち。 そうやって人生を慈しみながら、いつか大切な人を見つけてほしいな。 誰だって、人生の戯曲は自分で書いて仕上げるものだから。 |