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ボイスドラマの内容
登場人物
- 娘(24歳)・・・声優を目指す女性/実家から離れて東京で一人暮らしをしている
- 父(56歳)・・・家具職人/若い頃から飛騨の匠の元で修行して家具職人となった
Story〜「木の温もりと飛騨の匠/飛騨の家具/前編」
娘: | 「おつかれさまでしたぁ!」 |
父: | 娘がバイト先のコンビニを出たのは、午後7時10分。 慌てて走り出そうとする娘を私が制する。 |
娘: | 「あれ?お父さん!?なんで!?」 |
父: | 疑問符を連発する娘に静かに声をかける。 |
父: | 「明日、大事な声優オーディションなんだろ?」 |
娘: | 「うん・・・え、それでわざわざ東京まで来てくれたの!?」 |
父: | 「いや、たまたま東京のお客さんと打合せだったんだよ」 |
娘: | 「あ、そう・・・」 |
父: | 「えっと、あ〜実は、ちょっと、軽く弁当作って持ってきたんだ」 |
娘: | 「え、うそ?」 |
父: | 「父さんの手作りだから美味くはないけど。 よかったらで一緒に・・・」 |
娘: | 「私、今日は早く帰って発声練習とルーティンの課題をこなしておかないと」 |
父: | 「そうか、そうだったな、じゃあ、もう帰るから。父さんも明日仕事早いからな」 |
娘: | 「そんな・・・」 |
父: | 「なあ、あんまり生き急ぐんじゃないぞ。 たまには歩みを止めて、深呼吸しなさい」 |
娘: | 「わかってる・・・」 |
父: | 「明日がんばってな」 |
娘: | 「うん・・・」 |
父: | 娘は私の顔をチラリと見てからアパートへ向かった。 私は反対方向へ歩き出す。 さて、このあとはどこか適当な居酒屋で夕食を摂るか・・・ 娘が名古屋を出て東京で一人暮らしを始めたのは6年前。 あのときの娘と私は、一緒に家具屋へ行くほど距離が近かった。 |
娘: | 「お父さん、口だししちゃいやだよ。私が選ぶんだから」 |
父: | 「わかってる」 |
父: | 私の仕事は、家具職人。 だから家の中は、私の手による、まさに一点ものの家具に囲まれていた。 食卓も、箪笥も、学習机も、ベッドも、すべて木の家具だった。 娘からはよく、どうして木の家具しかないの、って訊かれたっけ。 それは、匠の心と木の温もり。 むかし、飛騨の匠たちが都へ呼ばれて、宮殿や寺院を建立したときも きっと木の温もりを感じながらノミをふるっていたに違いない。 娘は自分の部屋にどんな家具を選ぶのだろう。 インテリアショップで楽しそうに見てまわる、娘の笑顔。 いつまでもこの笑顔を忘れずにいてほしい。 |
娘: | 「選び終わった」 |
父: | 「早いなあ」 |
娘: | 「だって、小さな部屋だもん。そんなに家具必要ない」 |
父: | 娘の選んだ家具を見て、思わず息を呑んだ。 いや、まあ、当たり前と言えば当たり前か・・・。 食卓、ソファ、ベッド、デスク。そのすべてが木の家具。 手触りも滑らかで柔らかく、デザインは真っ白だ。 まるで声優になりたい、という夢への挑戦を表現するかのように。 |
娘: | 「どうかな・・・」 |
父: | 「い、いいんじゃないか。全部木の家具・・・なんだな」 |
娘: | 「うちの家具だって、みんな木じゃない」 |
父: | 「ああ」 |
娘: | 「お父さん、いつも木には”温もり”があるって言ってたでしょ」 |
父: | 「うん」 |
娘: | 「だから、新しい生活をはじめるときも 寂しくないように、温かくて優しい木の家具にするんだ」 |
父: | こうして、木の温もりに包まれた娘の新生活がスタートした。 あれからもう、6年になるのだな・・・ 娘はコンビニでアルバイトしながら、声優を目指して日夜頑張っている。 |
娘: | 「おとうさん」 |
父: | 「あ、どうしたんだ?バイト先にわすれものか?」 |
娘: | 「ううん。 やっぱり・・・一緒にごはん食べない?」 |
父: | 「ん?」 |
娘: | 「久しぶりにおとうさんのまずい料理食べたくなって(笑)」 |
父: | 「そうか・・・(笑)」 |
父: | 「あ、なあ、知ってるか。 木の家具って、釘とかビスとか冷たい金属は表面に見えないだろ?」 |
娘: | 「なあに?とつぜん」 |
父: | 「だから、日常のストレスを和らげて、安らぎと温もりを与えてくれるんだよ」 |
娘: | 「そっか。私、気づかないうちに、温もりに包まれていたんだ」 |
父: | 「おまえも、これから仕事がどんどん忙しくなっていって、 息つく暇もなくなって、心に余裕がなくなっていっても、 温もりを忘れずにいるんだよ」 |
娘: | 「うん」 |
父: | 「心のあったかい声優になれるといいな」 |
娘: | 「おとうさん、実はね、 私が目指してるのは、・・・”匠”なんだ」 |
父: | 「え?」 |
娘: | 「おとうさんが思ってるような、可愛いだけの声の声優じゃなくて」 |
父: | 「そんなこと思ってないけど」 |
娘: | 「さりげなくやっていることの一つ一つが高度で緻密、しかも的確。 納得できるクオリティに仕上げるまでとことん探求する。 一切の妥協も許さない」 |
父: | 「ああ・・・」 |
娘: | 「なりたいのは、そんな声優。 それって・・・」 |
父: | 「”匠”だな」 |
娘: | 「お父さん、やっぱりわかってる」 |
父娘: | (笑い合う) |