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ボイスドラマの内容
登場人物
- 娘(24歳)・・・声優を目指す女性/実家から離れて東京で一人暮らしをしている
- 父(56歳)・・・家具職人/若い頃から飛騨の匠の元で修行して家具職人となった
Story〜「木の温もりと飛騨の匠/飛騨の家具/後編」
娘: | ステージに立つ7名のファイナリストたち。 その中に立つ私は、ゆっくりと目を閉じる。 やがて歓声とドラムロールの音が、私の耳からすうっと消えていった。 私の頭の中に蘇ってきたのは、幼い日の父の背中。 |
父: | 「いいかい、大きくなっても、温もりを忘れちゃいけないよ」 |
娘: | 父は家具職人。 幼い私をよく自分の工房へ連れていってくれた。 木目もあざやかに、磨かれた木材が所狭しと並ぶ小さな工房。 父は、工具や木工機械で私が怪我をしないよう、 背中越しに見ているよう言い含めて、いつも私を気遣った。 ある日、1枚の白木を手にとった父は私を手招きして、 |
父: | 「ほら、この木をさわってごらん」 |
娘: | それは、家具に生まれ変わる前の白木(しらき)。 無垢の清らかな香りが漂ってくる。 |
父: | 「あったかいだろう」 |
娘: | そこには、スチールやプラスチックをさわったときとは全然違う やわらかくてあったかい感触があった。 |
父: | 「木の温もり、っていうんだよ」 |
娘: | 「木の温もり・・・」 |
父: | 「木は私たち人間と同じで、呼吸しているんだ。 だから木には体温がある。 この木で作る家具にも、そのまま温もりが残るんだよ」 |
娘: | 確かに父が作る木の家具には、冷たい感触はまったくなかった。 学校で辛いことがあっても、家に帰って木の家具に囲まれていると 冷えた心がほんわり暖かく溶けていくような・・・。 |
父: | 「この椅子を見てごらん」 |
娘: | それは背もたれの曲線が美しい木製のアームチェア。 左右の肘掛けにシンメトリーに浮かび上がる木目を見ていて思わず、 「きれい・・・」 とつぶやいた。 父は顔をほころばせて、 |
父: | 「そうだろう。 これは”匠”が作った椅子だから」 |
娘: | 「たくみ?」 |
父: | 「ああ、たくみさ。 むかーしむかしに飛騨から都へ送られてお寺とかお城を作った職人だよ」 |
娘: | 「へえ〜」 |
父: | 「座ってごらん」 |
娘: | 「はい」 座った瞬間、木の温もりに包まれる感じがして、 心がふわっと軽くなっていった。 |
父: | 「気持ちいいだろう?」 |
娘: | 「うん・・・」 |
父: | 「匠が作る家具はね、毎日のストレスを和らげて、 安らぎと温もりを与えてくれるんだよ」 |
娘: | 「ふうん」 |
父: | 「だから、おまえ自身も、いつだって温もりをなくしちゃいけないよ」 |
娘: | 「わかった」 |
娘: | 私の方へ振り返ったまま、満足気に微笑む父の笑顔と背中のあたたかさ。 今でも鮮明に覚えている。 東京で一人暮らしを始めるときに選んだのも、すべて木の家具たち。 あ、そうだった。気づかないうちに、私、温もりに包まれていたんだ。 |
娘: | 父と家具たちを思い出しながら 自分でも不思議なほど落ち着いて、私はゆっくり目をあけた。 ドラムロールが途切れた次の瞬間、 私の名前を呼ぶ大きな声が、耳に飛び込んでくる。 嬉し泣きの声は、歓声と拍手があっという間にかき消していった。 |
娘: | 壇上でトロフィーを手にした私が顔をあげると・・・ 客席の一番後ろには父の姿があった。 笑っているような、でも泣いているようにも見える表情で 大きく手を叩く父。 昨日名古屋へ帰るって言ってたのに・・・ おとうさん、私、おとうさんのような匠になりたい。 一切妥協せず自分の技能を信じて誇りに思う、職人のような声優。 大丈夫。私、できるよね。 匠に、なる。 だって、私はおとうさんの子どもだから。 |