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ボイスドラマの内容
登場人物
- 彼女(22歳)・・・大学4年間で国文学を専攻しこの春から新社会人に。一部上場企業の企画・広報担当のマーケターとして採用された。彼は高校時代から付き合っている同級生
- 彼(22歳)・・・大学4年生ののち、大学院の人工知能科学研究科で最先端のAIと社会のつながりを研究している
Story〜「桜花抄〜新社会人と新生活/前編」
<シーン1/夜桜の公園> | |
SE | (花見の風景) |
彼女: | 「桜花(さくらばな)、時は過ぎねど、見る人の、 恋(こ)ふる盛(さか)りと、今し散るらむ」 |
彼: | 「なんだい、それ?」 |
彼女: | 「万葉集よ。まだ散るときじゃないけど、愛でてくれる人がいるうちに散っちゃおうかなぁって。 そんな桜の花の気持ちをうたった詩(うた)」 |
彼: | 「へえ〜。さすが国文学専攻」 |
彼女: | 「またぁ。すぐそうやって茶化す。 でもこの詩、いまの私の気分かも」 |
彼: | 「どうして?全然散ってなんかいないじゃん」 |
彼女: | 「気持ちの話よ。 私、本当は純粋にもっと大学で国文学を勉強してみたかったんだ。 でも、愛でてくれる人がいるうちに社会に出てみようかなーって思ったの」 |
彼: | 「愛でてくれる人って?」 |
彼女: | 「やだもう。ばか」 |
彼: | 「そんなんいいじゃないか。 一流企業の企画・広報部なんて、なりたくてもなかなかなれないぜ」 |
彼女: | 「そうだけど」 |
彼: | 「君の好きな国文学の知識をマーケティングに生かせばいい」 |
彼女: | 「簡単に言うんだから」 |
彼: | 「いや、ホントにいいと思う。 万葉集って去年、SNSでバズってるし」 |
彼女: | 「まあねー。 なんか、AIでビッグデータとか研究してるあなたらしい答え」 |
彼: | 「あ、そっちこそ、そうやって茶化す」 |
彼女: | 「私は尊敬してるの」 |
彼: | 「僕だって尊敬してるさ、君のこと」 |
彼女: | 「ありがとう。 ねえ、花篝(はなかがり)が灯る前に付き合ってほしいとこがあるの」 |
彼: | 「ああ、もうそんな時間かあ。 で、どこいきたいの?」 |
彼女: | 「私、就職が決まってアパート借りたんだけど、 まだ何にもない部屋なんだ」 |
彼: | 「そうなんだ」 |
彼女: | 「さ、行こ」 |
彼: | 「え、だからどこへ?」 |
彼女: | 「もう〜。いいから、きて」 |
<シーン2/インテリアショップ> | |
彼: | 「お、この部屋もすごい」 |
彼女: | 「家具だけじゃなくて、雑貨や絵画も置いてあるから、インテリアショップね」 |
彼: | 「インテリアスタジオ。うん、確かにわかりやすいネーミングだ」 |
彼女: | 「うちの会社、リモートが多いからホームオフィスのインテリアも選びたいな」 |
彼: | 「うん、どんな感じの家具がいいの?」 |
彼女: | 「木の手触り感とか、木目の色合いとか、自然のテイストが好き」 |
彼: | 「僕もナチュラルな家具が好きだな」 |
彼女: | 「大学院の研究室にそういう意識調査するAIとかないの」 |
彼: | 「あるよ。ちょっと待って」 |
彼女: | 「あるんだー。お、タブレット登場?」 |
彼: | 「えっと・・・コロナ禍で在宅時間が増えて、6割以上の人がインテリアにこだわるようになったんだって」 |
彼女: | 「ああ、確かにそうかも」 |
彼: | 「で、好きなインテリアのテイストは、『ナチュラル』が1位」 |
彼女: | 「ふーん、2位はなに?」 |
彼: | 「2位はね、『北欧風』。あとは『モダン』、『和モダン』」 |
彼女: | 「みんないいわね」 |
彼: | 「『ナチュラル』を選ぶ理由は、飽きがこなくて、落ち着くからだって」 |
彼女: | 「わかるー」 |
彼: | 「20代、30代はインスタ見て参考にしてるそうだよ」 |
彼女: | 「そうそう。私もインスタでずうっとチェックしてたもん」 |
彼: | 「で、どこまで揃えるの?」 |
彼女: | 「えっと、私の部屋、収納も少ないから、ベッド、ソファ、ダイニング、TVボード。 あとは収納できる家具かな」 |
彼: | 「全部じゃん」 |
彼女: | 「そうよー。お部屋のカラーに合わせてテイストを統一したいの」 |
彼: | 「部屋のカラー?」 |
彼女: | 「うん。白を基調にした明るい木目調の色合い」 |
彼: | 「ようし、じゃあ、この家具の森の中から、探し出そう」 |
彼女: | 「りょーかい」 |
<シーン3/彼女の部屋> | |
彼女: | 結局、私の部屋は、明るいトーンのインテリアに彩られた。 壁が白、柱周りやアクセントに木目という部屋のカラー。 家具たちは、まるで最初からそこにあったかのようにしっくり佇んでいる。 ベッドは、彼が開発したAIコーディネーターのオススメでリクライニングに。 フレームの木目がすごく落ち着いていい感じ。 ダイニングは小さめのテーブル。 彼と2人で食事するのにちょうどいいサイズ。 2人のチェアは長時間座っても疲れないダイニングチェア。 ホームワーク用のデスクは、少しだけ濃い目のトーン。 オンオフの切り替えもできるから満足している。 |
SE | (紅茶を注ぐ音+食器を置く音) |
彼: | 「小さいけど、いい部屋だね」 |
彼女: | 「そう?ありがとう」 |
彼: | 「家具たちもなんか嬉しそうだ」 |
彼女: | 「あら、AIの研究室にいる人にしてはメルヘンチックなセリフね」 |
彼: | 「僕はもともとロマンティストなんだ」 |
彼女: | 「そうですかー」 |
SE | (花瓶を置く音「コトッ」) |
彼: | 「なにそれ?」 |
彼女: | 「花瓶よ。桜を生けてみたの」 |
彼: | 「枝を折ってきたの?」 |
彼女: | 「そんなことするわけないじゃない。 お花屋さんで買ってきたのよ」 |
彼: | 「え?花屋さんに桜が売ってるの?知らなかった」 |
彼女: | 「季節になると、桜も梅も売ってるよ。 でも、開花してるとすぐに散っちゃうから蕾の桜。 お部屋の中でじっくり短い春を楽しむの」 |
彼: | 「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」 |
彼女: | 「プッ。やだー。らしくない。どうしたの?」 |
彼: | 「僕が知ってる花の和歌はこのくらいかな。 万葉集にはきっとたくさんあるんだろうけど」 |
彼女: | 「その歌は万葉集じゃなくて古今集。 小野小町の作でしょ。小倉百人一首とかで詠まれてるじゃん」 |
彼: | 「なんか、小野小町って、君と重なっちゃって」 |
彼女: | 「それは、絶世の美女ってこと? それとも、売れ残っちゃうのを焦るとこ?」 |
彼: | 「焦ってるの?」 |
彼女: | 「焦ってません。でも、この歌は刺さったな」 |
彼: | 「え?」 |
彼女: | 「だって、以前お花見で私が詠んだ歌の真逆だもん。 覚えてる?あの歌?」 |
彼: | 「ああ。 桜花、時は過ぎねど・・・ってやつだろ?」 |
彼女: | 「そう。 桜花、時は過ぎねど、見る人の、恋ふる盛りと、今し散るらむ。 盛りのうちに散っちゃおう、っていう歌よ。 盛りが衰えていくのを悩んでいる小野小町とは対局ね」 |
彼: | 「きみはどっち?」 |
彼女: | 「私はウジウジしたくないから前者かな」 |
彼: | 「そう思った。じゃあ・・・はい」 |
彼女: | 「え・・・なにこれ?」 |
彼: | 「フレグランスランプだよ。 この部屋に合う香りってベルガモットかなって。 君の就職祝い。遅くなってごめんね」 |
彼女: | 「やだ。サプライズ?」 |
彼: | 「いや、サプライズはそっちじゃなくて」 |
彼女: | 「えーなになに?」 |
彼: | 「こっち」 |
BGM | ♪インテリアドリーム |
彼女: | 「あ・・・」 |
彼: | 「僕の気持ち、受け取ってくれる?」 |
彼女: | 彼は、胸ポケットから小さな赤い箱を取り出した。 箱の中には、まばゆい光を放つブリリアントカット。 |
彼女: | 「ちょっと。こんなとこで片膝つかないで」 |
彼: | 「だって、これはセレモニー」 |
彼女: | 「じゃあ、歌で返す。返歌、返し歌よ。 『忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』 知ってるでしょ」 |
彼: | 「うん。聞いたことある」 |
彼女: | 「隠していた私の恋心が顔に出てしまったわ。 恋の悩みでもあるのかって人から尋ねられるほどに」 |
彼: | 「それって、Yes、だよね?」 |
彼女: | 「もちろん」 |
彼: | 「ありがとう!」 |
彼女: | 彼は少しぎごちない仕草で、その思いを私の指にはめる。 小さな石に映るまばゆい光は、私の心を照らしていった。 |