「夏祭り〜食卓の愛/前編」 2024年7月

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ボイスドラマの内容

登場人物

  • 女性(5歳/8歳/15歳)・・・子供の頃から夏祭りが大好き、雷が超怖い、3歳からクラシックバレエを習い10歳でソリスト。パリ・オペラ座バレエ学校へ入学し発表会ではプルミエ・ダンス―ルまで上り詰めた。その後パリ・オペラ座バレエ入団のオーディションは辞退。現在は東京のバレエ団で子供たちの育成に心血を注いでいる
  • 男性(45歳/48歳/55歳)・・・遅くに生まれた末娘を溺愛。娘と一緒に夏祭りへ行くことが一番の楽しみだった。娘がパリへ行ってからは娘の帰郷を心待ちしている。ストーリーは前編後編で交錯します

Story〜「夏祭り/食卓の愛/前編」

<シーン1/娘5歳/バレエ教室の帰り道〜夕立>
SE(雷の音/夕立の雨)
娘:「きゃあっ!」
SE(雨の中早足で歩く足音/玄関の扉を開いて閉じる音)
娘:「雷こわいよ〜!!」
父:「ようしよし、こわかったね。
よくがんばった、えらいぞ。
もう大丈夫。
パパがついているから」
娘:「パパ!大好き!!」
BGM(イメージ)/やさしさに包まれたたなら(荒井由実)
父:5歳の娘が私の胸に飛び込んでくる。
2年前から習い出したバレエ教室。
その帰り道で突然の夕立にあってしまったらしい。
泣きながら、妻のデニムジャケットに顔をうずめて帰ってきた。
娘:「カミナリ、もういなくなった?」
父:「うん、どっか行っちゃったよ」
娘:「ああ、よかったぁ」
父:「さ、もう心配ないから夕食を食べよう。
食卓に座って」
娘:「はあい」
父:「今日は、おまえの大好きな卵焼きだぞ」
娘:「やったぁ!」
父:「今日のバレエ教室のこと、パパに教えてくれる?」
娘:「うん。また先生に褒められちゃった」
父:「そりゃすごいな」
娘:「ワタシのタンデュがとってもキレイだって」
父:食卓に座り、バレエ教室の様子を楽しそうに話す娘。
先ほどまでカミナリで取り乱していたのが嘘のようだ(笑)
妻は、娘の横で何も言わずに微笑んでいる。
まるで、絵に描いたような、幸せなひととき。
食卓は家族の絆の象徴だった。
<シーン2/八幡神社の夏祭り>
SE(祭り囃子と雑踏)
娘:「パパ、牛串とパイン串食べたい!」
父:「あれ?さっきも食べてなかったけ?」
娘:「いいの!夏祭りなんだから」
父:浴衣姿の無邪気な笑顔が夜店の間をかけていく。
妻も私もついていくのに必死だ。
娘:「早く早く!」
父:「走っちゃ危ないよ」
娘:「わかってる〜」
父:家の近くの八幡神社。
参道に並ぶ灯篭に灯りがともり、屋台が軒を連ねる。
ヨーヨー釣り、金魚すくい、輪投げ、射的、千本つり・・・
娘は2本の串を両手に持って、あっちの屋台からこっちの屋台へ。
帰り道、私の右手には2匹の金魚が泳ぐビニール袋。
妻の左手に揺れているのは、白地に赤い模様のヨーヨー。
両手をつなぐ娘の顔には、少女アニメのお面が笑っていた。
<シーン3/娘8歳/網戸から風が入ってくる>
SE(セミの声と風鈴の音)
娘:「パパ、オペラ座バレエ団って知ってる?」
父:「なんだい、それ?」
娘:「すごく有名なバレエ団なの。学校もあるのよ」
父:「へえ」
娘:「バレエの先生がね。その学校を受けてみたらって?」
父:「ほう、いいじゃないか」
娘:「でも、パリって遠くない?」
父:「パリ!?」
娘:「8歳から入学できるからって」
父:驚く私の隣で妻が頬を緩める。
娘8歳の夏。
なんか知らないうちに大きくなったものだ。

食卓で今日あったことを話す娘。
この頃、学校のことより、バレエの話の方が多くなってきた。

食卓の端っこにちょこんと置かれた金魚鉢。
中には紅白模様の金魚が7匹泳いでいる。
大きさは大小さまざま。
この5年間の間に、祭りの屋台からすくってきた戦利品だ。
娘:「すっごく考えたんだけど、私ね」
父:「うん」(※つばを飲む)
娘:「いかないよ」
父:「え?」
娘:「パパとママと、離れ離れになるのなんて絶対にいや!」
父:「そ、そうか・・・」
父:安心すると同時に、
なんだか娘の夢の足枷になっているような気がして心が落ち着かない。

妻の笑顔を見ていると、
”背中を押してあげなさい”
と言っているように思える。

私の心中を知らない娘は無邪気に笑っていた。
<シーン4/場面転換/娘10歳/空港にて>
SE(飛行機の離陸音)
父:結局、その2年後に娘はパリへ旅立った。
なんと、パリ・オペラ座バレエ学校のオーディションに合格。
妻と二人でパリのアパルトマンを借りた。
18歳までレッスンしながらキャリアを積むのだそうだ。
とにかく、体だけは壊さないように。
父の願いはそれだけだった。
<シーン5/八幡神社の夏祭り/娘15歳>
SE(祭り囃子と雑踏)
父:妻と娘が旅立ってからはや5年。
盆や正月くらいは帰ってくると思っていたけど
なかなかまとめて休みをとれないようだ。
世界的なパンデミックもあって、
顔を見れないまま5年が経ってしまった。
もちろん、いつもTV電話の画面越しには顔を見ているけど。

2人がいなくなったあとも
私は毎年、夏祭りに足を運んでいる。
いや別に感傷にひたるとかそんなんじゃなくて、
子供の頃から縁日が大好きなんだ。

でも縁日の参道を歩くと、
どうしても娘と歩いたあの日を思い出してしまう。
男親っていうのは、きっとみんなそうだろう。
大切な人と離れ離れになるとこうやって恋々とする。
右手にはビニール袋に入った金魚が1匹。
私は、毎年金魚すくいで1匹ずつ金魚をとってきた。
この子たちは大切に育てないと。
娘が帰ってきたとき、増えている金魚を見つけて驚かせたい。
それだけで口元が緩んでしまう。

私はなるべく金魚の袋を揺らさないように参道をゆっくりと歩いた。
鳥居のところまで来たとき、なにかが左手に触れた。
娘:「パパ!」
父:「うん?」
娘:「ただいま!Je suis à la maison(ジャ・シザ・ラ・メゾン)」
父:「あ・・・」
BGM「インテリアドリーム」
父:娘の右手が私の左手を握っていた。
その横で妻が愛おしそうにうなづく。
娘:「帰ってきたよ!」
父:「は、早かったな」
娘:「正確にはね、一時帰宅。学校からまとまった休みをもらったの」
父:「そうか、よかったな」
娘:「パパ、褒めて!
今度の発表会で私、プルミエ・ダンス―ルになったの」
父:「プ、プルミエ・・・ダンス―ル?」
娘:「日本でいうと、ソリスト。おっきな役がついてソロで踊るの」
父:「すごいじゃないか」
娘:「そのご褒美で休みがもらえたんだもん」
父:「さすが、私の娘だ」
娘:「でしょう」
父:「お祭りは楽しんだかい?」
娘:「ううん、それより早く家に帰りたい」
父:「あ、ああ」
娘:「直行でここに来たのよ。パパ絶対いると思った」
父:「ははは、ご名答」
娘:「食卓で、いろいろ報告したい」
父:確かに。
家族3人で久しぶりに過ごす夕餉(ゆうげ)。
私の娘も妻も、ついつい早足で家路を急いだ。
娘の好きな卵焼きと豚汁を作ってやろう。
美味しそうに頬張る娘の笑顔を想像して、思わず顔がほころんだ。
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