「桜花抄〜新社会人と新生活/前編」 2024年4月

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ボイスドラマの内容

登場人物

  • 彼女(22歳)・・・大学4年間で国文学を専攻しこの春から新社会人に。一部上場企業の企画・広報担当のマーケターとして採用された。彼は高校時代から付き合っている同級生
  • 彼(22歳)・・・大学4年生ののち、大学院の人工知能科学研究科で最先端のAIと社会のつながりを研究している

Story〜「桜花抄〜新社会人と新生活/前編」

<シーン1/夜桜の公園>
SE(花見の風景)
彼女:「桜花(さくらばな)、時は過ぎねど、見る人の、
恋(こ)ふる盛(さか)りと、今し散るらむ」
「なんだい、それ?」
彼女:「万葉集よ。まだ散るときじゃないけど、愛でてくれる人がいるうちに散っちゃおうかなぁって。
そんな桜の花の気持ちをうたった詩(うた)」
彼:「へえ〜。さすが国文学専攻」
彼女:「またぁ。すぐそうやって茶化す。
でもこの詩、いまの私の気分かも」
「どうして?全然散ってなんかいないじゃん」
彼女:「気持ちの話よ。
私、本当は純粋にもっと大学で国文学を勉強してみたかったんだ。
でも、愛でてくれる人がいるうちに社会に出てみようかなーって思ったの」
彼:「愛でてくれる人って?」
彼女:「やだもう。ばか」
彼:「そんなんいいじゃないか。
一流企業の企画・広報部なんて、なりたくてもなかなかなれないぜ」
彼女:「そうだけど」
彼:「君の好きな国文学の知識をマーケティングに生かせばいい」
彼女:「簡単に言うんだから」
彼:「いや、ホントにいいと思う。
万葉集って去年、SNSでバズってるし」
彼女:「まあねー。
なんか、AIでビッグデータとか研究してるあなたらしい答え」
彼:「あ、そっちこそ、そうやって茶化す」
彼女:「私は尊敬してるの」
彼:「僕だって尊敬してるさ、君のこと」
彼女:「ありがとう。
ねえ、花篝(はなかがり)が灯る前に付き合ってほしいとこがあるの」
彼:「ああ、もうそんな時間かあ。
で、どこいきたいの?」
彼女:「私、就職が決まってアパート借りたんだけど、
まだ何にもない部屋なんだ」
彼:「そうなんだ」
彼女:「さ、行こ」
彼:「え、だからどこへ?」
彼女:「もう〜。いいから、きて」
<シーン2/インテリアショップ>
彼:「お、この部屋もすごい」
彼女:「家具だけじゃなくて、雑貨や絵画も置いてあるから、インテリアショップね」
彼:「インテリアスタジオ。うん、確かにわかりやすいネーミングだ」
彼女:「うちの会社、リモートが多いからホームオフィスのインテリアも選びたいな」
彼:「うん、どんな感じの家具がいいの?」
彼女:「木の手触り感とか、木目の色合いとか、自然のテイストが好き」
彼:「僕もナチュラルな家具が好きだな」
彼女:「大学院の研究室にそういう意識調査するAIとかないの」
彼:「あるよ。ちょっと待って」
彼女:「あるんだー。お、タブレット登場?」
彼:「えっと・・・コロナ禍で在宅時間が増えて、6割以上の人がインテリアにこだわるようになったんだって」
彼女:「ああ、確かにそうかも」
彼:「で、好きなインテリアのテイストは、『ナチュラル』が1位」
彼女:「ふーん、2位はなに?」
彼:「2位はね、『北欧風』。あとは『モダン』、『和モダン』」
彼女:「みんないいわね」
彼:「『ナチュラル』を選ぶ理由は、飽きがこなくて、落ち着くからだって」
彼女:「わかるー」
彼:「20代、30代はインスタ見て参考にしてるそうだよ」
彼女:

「そうそう。私もインスタでずうっとチェックしてたもん」

彼:「で、どこまで揃えるの?」
彼女:「えっと、私の部屋、収納も少ないから、ベッド、ソファ、ダイニング、TVボード。
あとは収納できる家具かな」
彼:「全部じゃん」
彼女:「そうよー。お部屋のカラーに合わせてテイストを統一したいの」
彼:「部屋のカラー?」
彼女:「うん。白を基調にした明るい木目調の色合い」
彼:「ようし、じゃあ、この家具の森の中から、探し出そう」
彼女:「りょーかい」
<シーン3/彼女の部屋>
彼女:結局、私の部屋は、明るいトーンのインテリアに彩られた。
壁が白、柱周りやアクセントに木目という部屋のカラー。
家具たちは、まるで最初からそこにあったかのようにしっくり佇んでいる。
ベッドは、彼が開発したAIコーディネーターのオススメでリクライニングに。
フレームの木目がすごく落ち着いていい感じ。

ダイニングは小さめのテーブル。
彼と2人で食事するのにちょうどいいサイズ。
2人のチェアは長時間座っても疲れないダイニングチェア。

ホームワーク用のデスクは、少しだけ濃い目のトーン。
オンオフの切り替えもできるから満足している。
SE(紅茶を注ぐ音+食器を置く音)
彼:「小さいけど、いい部屋だね」
彼女:「そう?ありがとう」
彼:「家具たちもなんか嬉しそうだ」
彼女:「あら、AIの研究室にいる人にしてはメルヘンチックなセリフね」
彼:「僕はもともとロマンティストなんだ」
彼女:「そうですかー」
SE(花瓶を置く音「コトッ」)
彼:「なにそれ?」
彼女:「花瓶よ。桜を生けてみたの」
彼:「枝を折ってきたの?」
彼女:「そんなことするわけないじゃない。
お花屋さんで買ってきたのよ」
彼:「え?花屋さんに桜が売ってるの?知らなかった」
彼女:「季節になると、桜も梅も売ってるよ。
でも、開花してるとすぐに散っちゃうから蕾の桜。
お部屋の中でじっくり短い春を楽しむの」
彼:

「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」

彼女:「プッ。やだー。らしくない。どうしたの?」
彼:「僕が知ってる花の和歌はこのくらいかな。
万葉集にはきっとたくさんあるんだろうけど」
彼女:「その歌は万葉集じゃなくて古今集。
小野小町の作でしょ。小倉百人一首とかで詠まれてるじゃん」
彼:「なんか、小野小町って、君と重なっちゃって」
彼女:「それは、絶世の美女ってこと?
それとも、売れ残っちゃうのを焦るとこ?」
彼:「焦ってるの?」
彼女:「焦ってません。でも、この歌は刺さったな」
彼:「え?」
彼女:「だって、以前お花見で私が詠んだ歌の真逆だもん。
覚えてる?あの歌?」
彼:「ああ。
桜花、時は過ぎねど・・・ってやつだろ?」
彼女:「そう。
桜花、時は過ぎねど、見る人の、恋ふる盛りと、今し散るらむ。
盛りのうちに散っちゃおう、っていう歌よ。
盛りが衰えていくのを悩んでいる小野小町とは対局ね」
彼:「きみはどっち?」
彼女:「私はウジウジしたくないから前者かな」
彼:「そう思った。じゃあ・・・はい」
彼女:「え・・・なにこれ?」
彼:「フレグランスランプだよ。
この部屋に合う香りってベルガモットかなって。
君の就職祝い。遅くなってごめんね」
彼女:「やだ。サプライズ?」
彼:「いや、サプライズはそっちじゃなくて」
彼女:「えーなになに?」
彼:「こっち」
BGM♪インテリアドリーム
彼女:「あ・・・」
彼:「僕の気持ち、受け取ってくれる?」
彼女:彼は、胸ポケットから小さな赤い箱を取り出した。
箱の中には、まばゆい光を放つブリリアントカット。
彼女:「ちょっと。こんなとこで片膝つかないで」
彼:「だって、これはセレモニー」
彼女:「じゃあ、歌で返す。返歌、返し歌よ。
『忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』
知ってるでしょ」
彼:「うん。聞いたことある」
彼女:「隠していた私の恋心が顔に出てしまったわ。
恋の悩みでもあるのかって人から尋ねられるほどに」
彼:「それって、Yes、だよね?」
彼女:「もちろん」
彼:「ありがとう!」
彼女:彼は少しぎごちない仕草で、その思いを私の指にはめる。
小さな石に映るまばゆい光は、私の心を照らしていった。
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