「潮風のロッキングチェア」前編 2023年8月

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ボイスドラマの内容

登場人物

  • 孫娘(5歳/25歳)・・・海外で海洋アドベンチャーガイドをしている。幼い頃は海辺のビーチハウスで祖父と暮らしていた
  • 祖父(70歳/享年75歳/23歳)・・・民俗学者。亡くなる直前までビーチハウスで25年間一人で暮らしてきた
  • 祖母(享年32歳/25歳)・・・海辺の町で海女として暮らしていたが祖父と知り合って結婚。ビーチハウスで暮らしたが若くして逝去

Story〜「潮風のロッキングチェア/前編」

#1<孫娘25歳/孫娘5歳&祖父70歳>
孫娘:祖父を見送った午後、私はビーチハウスのテラスでくつろいでいた。
孫娘:祖父は祖母が亡くなったあと、40年以上もここにひとりで暮らしていた。
ロッキングチェアに腰かけ、海風に揺られていると
祖父と過ごした子供時代を思い出す。
祖父:「おーい」
孫娘:「おじいちゃ〜ん」
祖父:「こっちだよ」
孫娘:「わあ!」
祖父:「きれいな海だろう」
孫娘:「うん!おじいちゃん、ここに一人で住んでるの?」
祖父:「いや、おばあちゃんとずっと一緒だよ」
孫娘:「え?どこ?」
祖父:「おじいちゃんの心の中」
孫娘:おばあちゃんが旅立ったのは、私が生まれるずうっと前。
おばあちゃんの顔は写真でしか見たことがない。
2人がけのロッキングチェアは私には大きすぎたけど、

おじいちゃんの隣にくっついて座る。
大好きなブランコとも違う、ゆらぎの空間。
波の音を子守唄に、いつしか私は眠りに落ちていった。
祖父:「風邪ひくよ・・・」
孫娘:「う〜ん・・・」
祖父:「アップルパイが焼けたから、なかのダイニングで食べよう」
孫娘:「え〜、ここで食べたい。ここで食べた方がおいしい」
祖父:「ああ、そうかそうか。じゃあひざかけを使いなさい」
孫娘:ハイビスカスをあしらった花柄のひざかけ。
それはおばあちゃんの手編みだと、あとから知った。
テラスのウッドデッキに面したダイニングの掃き出し窓。
日差しをやわらげる白いシェードが優しい光を届けてくれた・・・
#2孫娘25歳
孫娘:あれから20年。
テラスのシェードはところどころ布が透けて、
ウッドデッキのインテリアにまだら模様の光を落とす。
ロッキングチェアに座り、目を閉じると
あの頃みたいにゆっくりと微睡(まどろみ)に包まれていった。

それは夢だとすぐに気づいた。
おじいちゃんとおばあちゃんが寄り添ってロッキングチェアに座っている。
おばあちゃんは写真で見た顔より若く見える。
2人とも若い。20代、かな。
おじいちゃんは、私を見つけると大きく手を振った。
祖父:「おーい」
孫娘:おばあちゃんは何も言わずに優しく微笑んでいる。
私はいまと変わらず25歳のままだけど、
子供のような笑顔で2人の元へかけていく。
祖父:「さあ、おすわり」
孫娘:おばあちゃんは立ち上がり、私をロッキングチェアに座らせる。
祖父:「ゆっくりしていきなさい」
孫娘:「うん」
孫娘:祖父に寄り添った祖母が私に何かを話しかけている。
何度も聞き返すけど声は聞こえない。
レースのカーテンをひくように、景色がゆっくりとぼやけていった。
孫娘:頬をなでる潮風が、私を夢の国から引き戻す。
自分ではまったくそんな意識はないのに、涙が頬を伝っていた。
海に沈む夕陽が、シェードをオレンジに染めている。
私はゆっくりとロッキングチェアから起きあがった。
そのとき私の目に映ったのは、小さな赤色。
背もたれと座面のネイビーブルーの間にはさまった赤。
それは、膝掛けと同じ花柄の小さな布袋だった。
袋の中に包まれていたのは、小さく折り畳まれた手紙。

これ、開けて、いいのかな・・・

手のひらに手紙をのせて悩む私の後ろで、なにかが音を立てた。
どうやら海からの風が、ソファからひざかけを落としてしまったようだ。

おばあちゃん・・・

目を閉じると、祖母の笑顔が浮かんでくる。

意を決して手紙を開くと、
おばあちゃんではなく、おじいちゃんの文字が目に飛び込んできた。
そう、手紙はおじいちゃんからおばあちゃんに宛てたラブレター。
昔の言い方でいうと、恋文、かな。
祖父:「前略
初めて貴女(あなた)と出会った日のこと、覚えていますか?
渚を見つめていた私の前に、波の中から現れた貴女は、まるで人魚のようでした。
2人で過ごした日々は短かったけど、どんな人生よりも深かったと思います。
海から生まれ、海の泡と消えた貴女は、人魚姫そのもの。
次に会える日まで、私は思い出とともに生きていきます。
未来永劫決して途切れぬこの思いを抱(いだ)きながら。
永遠(とわ)の愛を貴女に。
早々」
孫娘:おじいちゃんのラストレターだ・・・。
意識したことなかったけど、私が海洋アドベンチャーガイドになったのは、
きっと、おばあちゃんが海女で、おじいちゃんが民族学者だったからね。

お揃いの花柄で編まれたひざかけと小袋を抱きしめる私。
金色に輝く海の彼方へゆっくりと夕陽が沈んでいった。
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