「潮風のロッキングチェア」後編 2023年8月

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ボイスドラマの内容

登場人物

  • 孫娘(5歳/25歳)・・・海外で海洋アドベンチャーガイドをしている。幼い頃は海辺のビーチハウスで祖父と暮らしていた
  • 祖父(70歳/享年75歳/23歳)・・・民俗学者。亡くなる直前までビーチハウスで25年間一人で暮らしてきた
  • 祖母(享年32歳/25歳)・・・海辺の町で海女として暮らしていたが祖父と知り合って結婚。ビーチハウスで暮らしたが若くして逝去

Story〜「潮風のロッキングチェア/後編」

#1<祖父23歳/祖母25歳>
祖父:「前略
初めて貴女と出会った日のこと、覚えていますか?
渚を見つめていた私の前に、波の中から現れた貴女は、
まるで人魚のようでした・・・」
祖父:それは予想もしない出来事だった。
海辺の村に伝わる民話を集めるため、浜辺を歩いていたそのとき。
波の合間から突然”人魚”が現れたのだ。
いや本当に、最初は”人魚”が打ち上げられたのかと思った。
白い磯シャツに白い巻きスカート。
白い磯ずきんを被った彼女を見て、思わず尾鰭(おびれ)を探してしまった。

彼女は、海女。
海に潜って、海産物を採ってくる、あの海女だ。
午後の海女漁に備えて、渚で体を慣らしていたのだという。
祖母:「そんなにジロジロ見られたら恥ずかしいわ・・・」
祖父:「あ、いや・・・これは失礼」
祖母:「ひょっとして、学者先生?」
祖父:「え・・・あ、そうです・・・・けど、どうして?」
祖母:「だって、そんな格好した人、このあたりにはいないもの。うふふ」
祖母:海面に反射する陽光よりも眩しい笑顔。
その日、私は初夏だというのに、ダークグレーのスーツを着て
波打ち際を歩いていた。
私は大学の研究室で民俗学を専攻する助教授。
こうやって、全国の民話や伝承を採訪(さいほう)している。
この町を訪ねたのも、わずかながら”人魚伝説”が残っていたからだ。
祖母:「ひょっとして私のこと、人魚かなにかと勘違いしていません?」
祖父:「え・・・」
祖母:「あら、やだ。図星なの?」
祖父:「いえ、あの・・・私は民俗学を研究している学者で、
全国の民話や伝承を探して訪ねているのです」
祖母:「それで人魚を・・・?」
祖父:「人魚だけじゃないんですけどね。
海や山や里でいろんな民話や昔話を集めています」
祖母:「ふうん・・・じゃあ、よかったら私のうちに来ませんか?」
祖父:「え、そんな・・・いきなり・・・」
祖母:「大丈夫ですよ・・・私、ひとりですから」
祖父:「余計にだめでしょ」
祖母:「面白いひと・・・。
海女小屋をもう少し住みやすく改造しただけですから、お気遣いなく」
祖父:「でも・・・」
祖母:「岩場の向こうなので歩いてもすぐよ。さ、行きましょ」
祖父:「は、はい・・・」
祖母:そこは、海女小屋というより、まさにビーチハウスだった。
彼女のセンスを感じさせるホワイトウッドの外壁。
ウッドデッキには2人がけのロッキングチェアが静かに揺れている。
彼女は玄関ではなく、浜からそのままウッドデッキに僕を迎え入れた。
祖母:「座って。
といってもロッキングチェアと小さなガーデンテーブルしかないけど」
祖父:「失礼します」
祖母:「やあねえ、そんな、かしこまらないでよ」
祖父:「でも・・・」
祖母:「今朝採ってきたサザエの余りがあるから、一緒に食べない?
炭火で焼いてあげる」
祖父:「あ、はい・・・」
祖父:採れたてのサザエがこんなに美味しいなんて、初めて知った。
彼女がひとりで住んでいる理由(わけ)は、
一緒に住んでいたおばあさんが1年前に亡くなったから。
おばあさんも昔から海女だったという。

この日を境に、僕はビーチハウスに毎日通い、
彼女から、この地方に伝わる不思議な民話をいっぱい教えてもらった。
なかでも興味深かったのは、
海の向こうにあるという「常世の国(とこよのくに)」伝説。
不老不死の国である。日本の神話に近いかもしれない。

もともと僕にも家族がなく、彼女との距離は日に日に縮まっていった。
祖母:「私、小さい頃からずうっと欲しかったものがあるの」
祖父:「なに?」
祖母:「食卓」
祖父:「じゃあ、家具屋さんへ行かなくちゃ」
祖母:「そっか」
祖父:それが初めて2人で出かけたショッピングだった。
町のインテリアショップで見つけた食卓は、新婚用の2人がけ。
店内に貼られた新生活応援の文字が、僕の気持ちを後押しした。
祖父:「新しい人生をはじめないか?」
祖母:「え」
祖父:「つまり・・・」
祖母:「もうはじまってるじゃない」
祖父:それが、プロポーズの言葉になった。
まるで最初から決まっていたように2人は結ばれ、
子供にも恵まれて、本当に幸せな日々がはじまった。

たった7年だったけど・・・

彼女を見送った日、私はひとり、ロッキングチェアに座り、
手紙をしたためた。

『愛する貴女(あなた)へ。
2人で過ごした日々は短かったけど、どんな人生よりも深かったと思います。
海から生まれ、海の泡と消えた貴女は、人魚姫そのもの。
常世の国で次に会えるまで、私は思い出とともに生きていきます。
未来永劫決して途切れぬこの思いを抱(いだ)きながら。
永遠(とわ)の愛を貴女に・・・』
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