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ボイスドラマの内容
登場人物
- 孫娘(5歳/25歳)・・・海外で海洋アドベンチャーガイドをしている。幼い頃は海辺のビーチハウスで祖父と暮らしていた
- 祖父(70歳/享年75歳/23歳)・・・民俗学者。亡くなる直前までビーチハウスで25年間一人で暮らしてきた
- 祖母(享年32歳/25歳)・・・海辺の町で海女として暮らしていたが祖父と知り合って結婚。ビーチハウスで暮らしたが若くして逝去
Story〜「潮風のロッキングチェア/後編」
<シーン1/祖父23歳/祖母25歳> | |
祖父: | 「前略 初めて貴女と出会った日のこと、覚えていますか? 渚を見つめていた私の前に、波の中から現れた貴女は、 まるで人魚のようでした・・・」 |
祖父: | それは予想もしない出来事だった。 海辺の村に伝わる民話を集めるため、浜辺を歩いていたそのとき。 波の合間から突然”人魚”が現れたのだ。 いや本当に、最初は”人魚”が打ち上げられたのかと思った。 白い磯シャツに白い巻きスカート。 白い磯ずきんを被った彼女を見て、思わず尾鰭(おびれ)を探してしまった。 彼女は、海女。 海に潜って、海産物を採ってくる、あの海女だ。 午後の海女漁に備えて、渚で体を慣らしていたのだという。 |
祖母: | 「そんなにジロジロ見られたら恥ずかしいわ・・・」 |
祖父: | 「あ、いや・・・これは失礼」 |
祖母: | 「ひょっとして、学者先生?」 |
祖父: | 「え・・・あ、そうです・・・・けど、どうして?」 |
祖母: | 「だって、そんな格好した人、このあたりにはいないもの。うふふ」 |
祖母: | 海面に反射する陽光よりも眩しい笑顔。 その日、私は初夏だというのに、ダークグレーのスーツを着て 波打ち際を歩いていた。 私は大学の研究室で民俗学を専攻する助教授。 こうやって、全国の民話や伝承を採訪(さいほう)している。 この町を訪ねたのも、わずかながら”人魚伝説”が残っていたからだ。 |
祖母: | 「ひょっとして私のこと、人魚かなにかと勘違いしていません?」 |
祖父: | 「え・・・」 |
祖母: | 「あら、やだ。図星なの?」 |
祖父: | 「いえ、あの・・・私は民俗学を研究している学者で、 全国の民話や伝承を探して訪ねているのです」 |
祖母: | 「それで人魚を・・・?」 |
祖父: | 「人魚だけじゃないんですけどね。 海や山や里でいろんな民話や昔話を集めています」 |
祖母: | 「ふうん・・・じゃあ、よかったら私のうちに来ませんか?」 |
祖父: | 「え、そんな・・・いきなり・・・」 |
祖母: | 「大丈夫ですよ・・・私、ひとりですから」 |
祖父: | 「余計にだめでしょ」 |
祖母: | 「面白いひと・・・。 海女小屋をもう少し住みやすく改造しただけですから、お気遣いなく」 |
祖父: | 「でも・・・」 |
祖母: | 「岩場の向こうなので歩いてもすぐよ。さ、行きましょ」 |
祖父: | 「は、はい・・・」 |
祖母: | そこは、海女小屋というより、まさにビーチハウスだった。 彼女のセンスを感じさせるホワイトウッドの外壁。 ウッドデッキには2人がけのロッキングチェアが静かに揺れている。 彼女は玄関ではなく、浜からそのままウッドデッキに僕を迎え入れた。 |
祖母: | 「座って。 といってもロッキングチェアと小さなガーデンテーブルしかないけど」 |
祖父: | 「失礼します」 |
祖母: | 「やあねえ、そんな、かしこまらないでよ」 |
祖父: | 「でも・・・」 |
祖母: | 「今朝採ってきたサザエの余りがあるから、一緒に食べない? 炭火で焼いてあげる」 |
祖父: | 「あ、はい・・・」 |
祖父: | 採れたてのサザエがこんなに美味しいなんて、初めて知った。 彼女がひとりで住んでいる理由(わけ)は、 一緒に住んでいたおばあさんが1年前に亡くなったから。 おばあさんも昔から海女だったという。 この日を境に、僕はビーチハウスに毎日通い、 彼女から、この地方に伝わる不思議な民話をいっぱい教えてもらった。 なかでも興味深かったのは、 海の向こうにあるという「常世の国(とこよのくに)」伝説。 不老不死の国である。日本の神話に近いかもしれない。 もともと僕にも家族がなく、彼女との距離は日に日に縮まっていった。 |
祖母: | 「私、小さい頃からずうっと欲しかったものがあるの」 |
祖父: | 「なに?」 |
祖母: | 「食卓」 |
祖父: | 「じゃあ、家具屋さんへ行かなくちゃ」 |
祖母: | 「そっか」 |
祖父: | それが初めて2人で出かけたショッピングだった。 町のインテリアショップで見つけた食卓は、新婚用の2人がけ。 店内に貼られた新生活応援の文字が、僕の気持ちを後押しした。 |
祖父: | 「新しい人生をはじめないか?」 |
祖母: | 「え」 |
祖父: | 「つまり・・・」 |
祖母: | 「もうはじまってるじゃない」 |
祖父: | それが、プロポーズの言葉になった。 まるで最初から決まっていたように2人は結ばれ、 子供にも恵まれて、本当に幸せな日々がはじまった。 たった7年だったけど・・・ 彼女を見送った日、私はひとり、ロッキングチェアに座り、 手紙をしたためた。 『愛する貴女(あなた)へ。 2人で過ごした日々は短かったけど、どんな人生よりも深かったと思います。 海から生まれ、海の泡と消えた貴女は、人魚姫そのもの。 常世の国で次に会えるまで、私は思い出とともに生きていきます。 未来永劫決して途切れぬこの思いを抱(いだ)きながら。 永遠(とわ)の愛を貴女に・・・』 |