「豚汁の香り〜食卓より愛をこめて」前編 2023年9月

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ボイスドラマの内容

登場人物

  • 娘(25歳/5歳)・・・看護師/名古屋市内の総合病院のERで働く
  • 父(56歳/36歳)・・・一級建築士/東三河地区で不動産会社を経営

Story〜「豚汁の香り〜食卓より愛をこめて/前編」

<シーン1/娘25歳/父56歳>
娘:キッチンカウンターからリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。
まるでショパンの子犬のワルツのように楽しげな長調で・・・

キッチンに立っているのは、昔から変わらない、笑顔のパパだ。

私が実家に立ち寄るのは・・・そうか、2年ぶりかぁ。
パンデミックの真っ最中に新人看護師となった私は
世の中が落ち着くまで、盆も正月もなく働いた。
父:「おまえの顔を見るのなんて、5年ぶりくらいじゃないか?」
娘:「失礼ね。2年ぶりよ・・・」
父:「パパ、たまたま今日は豚汁の準備していたから・・・
ラッキーだな」
娘:ウソばっかり・・・
ママから聞いてるんだよ。
パパ、豚汁の準備だけは毎日してるんだって。
<シーン2/娘5歳/父36歳>
娘:自他共に認めるパパの得意料理は、”豚汁”。
その一番の支持者は昔から私と決まっている。
朝も昼も夜も、豚汁を作ってほしいとおねだりする私に、
パパは飽きもせず作り続けてくれた。

「だって、パパの豚汁毎日食べたいんだもん」
父:「そうかそうか、じゃあお前の大好きなさつまいもを、
たっぷりと入れてやるからな〜」
娘:「やったぁ!」
父:「さつまいもは、豚汁の味をまろやかにして、甘〜くしてくれるんだよ」
娘:「ふうん」
父:「お肉はもちろん、黒豚だぞ」
娘:「わぁ〜」
父:「お前が苦手な脂身は、
ダシが染み渡ったらとり除いてやるからな」
娘:細切りにした黒豚。
皮をむいて薄切りにしたさつまいも。
これに、薄切りのにんじんとしいたけ、
縦にせん切りしたごぼう、
一口大のこんにゃくと油揚げ、
小口切りの長ねぎが色を添える。
これがパパお手製の豚汁のレシピだ。
父:「さあ、できたぞ〜。
お前のためだけに作った、特別な豚汁だ」
娘:「わ〜い!」
父:「ほかほかのごはんもいっぱい食べるんだぞ」
娘:「はぁい!」
父:「さあ、いっしょに食べよう」
娘:パパは食卓で必ず私の右前に座る。
さほど大きくはない長方形のダイニングテーブル。
長辺の真ん中に座る私と、対面の少しキッチン寄りに座るパパ。
どうしていつもそこなの、ときいたら、
父:「この位置からお前を見ていたいんだよ」
娘:と、即答してくれた。
それは20年前もいまも変わらない。
シーン3/娘25歳/父56歳>
父:「さつまいもも黒豚もちゃあんと入ってるからな」
娘:パパの背中を見ながら、私は食卓の一番前で豚汁を待ちのぞむ。
父:「さ〜あ、できたぞ。いっしょに食べよう」
父:「今日はなにをしていたんだい?」
娘:「ぷっ・・・」
父:「なんだ、どうしたんだ?」
娘:「変わらないなあ、と思って」
父:「なにが?」
娘:「パパ、昔から豚汁を食べるときは、
必ず最初に、今日はなにをしてたの、って私にきいてたもん」
父:「そうだったかな」
娘:「それに、その場所」
父:「場所?」
娘:「必ず私の右斜前に座る」
父:「そりゃそうだろ。お前に一番近い場所だ」
娘:「そうかなあ」
父:「そうさ、それにお互いに顔を見ながら食べた方が美味しいじゃないか」
娘:「うふふ、そうねぇ」
父:「さあ、食べよう食べよう」
娘:「ねえ、パパ」
父:「なんだ、あらたまって」
娘:「あのね・・・話があるんだけど・・・」
父:「う、うん」
娘:「実は・・・パパに会わせたい人がいるんだ・・・」
父:「え」
娘:「あ、いきなり・・・だった?」
父:「あ、いや、そ、そうか・・・お前ももうそういう年頃だもんなあ」
娘:「いやだ、パパ。そんなんじゃないから・・・」
父:「よ、よかったじゃないか」
娘:「もう〜、そんな、あらたまった話じゃないのよ。
ただ、パパに会ってほしい人がいるだけ」
父:「どんな人だい?」
娘:「ふふ。やさしい人。
私のことをなにより大切にしてくれる人」
父:「そ、そうか〜。よかったじゃないか。じゃあ一度うちにも連れてきなさい」
娘:「うん。そうする」
父:「なんで・・・今日は連れてこなかったんだい?」
娘:「だって、今日はパパの豚汁を、パパと食べたかったの」
父:「そうか・・・」
娘:「それに、パパのリズミカルな包丁の音が長調から短調に変わるのは
いやだったんだもん」
父:「なぁに言ってるんだ」
娘:「うふふ」
父:「パパもその人に早く会ってみたいな」
娘:「ほんとう?無理しなくていいのよ」
父:「無理なんてしてない」
娘:いつだって、この食卓を中心に、豚汁の香りと笑い声が響きあう。
私の心を優しい思いが満たしていった。
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