「ノルディックベンチ/前編」 2024年12月

ボイスドラマを聴く

ボイスドラマの内容

登場人物

  • 男性(25歳)・・・大手の建設設計会社で働くエンジニア。働きながら将来的にはインテリアデザイナーを目指して勉強している。12月の声を聞いた頃、本社東京への転勤の話が持ち上がる
  • 女性(26歳)・・・ハウスメーカーで自社物件のインテリアコーディネーターをしている。海外研修をしたくて入社した当初から人事部に志望を出していた。来春のLA支社開設に伴い、支社専属コーディネーターの候補として自分の名前があがっていた

Story〜「ノルディックベンチ/前編」

<シーン1/最悪の出会い(1年前)>
SE(展示会の環境音/BGMはクリスマスソング)
女性:「正直に言わせてもらいますけど、この家具。
北欧風のダイニングってテーマに全然合ってないですよね。
まず、シルエットが重すぎる。
北欧家具の魅力って、シンプルで軽やかなラインと、
視覚的にも空間的にも“抜け感”を生むデザインにあるんです。
これじゃ、空間全体が圧迫されてしまう」
男性:インテリアショップのワークショップ。
出品者同士で語り合うオフ会でいきなりの先制パンチ。
彼女、確か、ハウスメーカーのインテリアコーディネーターだったよな。
女性:「素材のチョイスも疑問ね。
北欧スタイルは、オークやアッシュみたいに明るい色味の天然木材が主流でしょ。
でもあなたのベンチは色味が暗くて、まるで重厚な和風家具みたい」
男性:「な・・」
女性:「あと、プロポーションがアンバランスだわ。
チェア自体が大きい割に、座面の高さが低すぎる。
北欧のダイニングセットは、家族や友人が集まる“ソーシャルスペース”。
座り心地やテーブルとの相性をもっと考えるべきじゃないですか?」
男性:「この・・言わせておけば・・」

しかし、確かに言われることには筋が通っている。
そもそも僕はまだプロのインテリアデザイナーじゃない。
今回、プロアマ問わずに作品を募っていたワークショップに出品したんだ。

僕は大手の建設コンサルタント会社で働く建築設計士。
まだ4年目だけど、二級建築士の資格を持って建築図面を引いている。
でも今日のワークショップは仕事じゃない。
実はいま、インテリアデザインの勉強をしているんだ。
それで、『北欧デザイン』をテーマにしたこのワークショップに 作品を作って応募したってわけ。

撃沈。

苛立って睨みつける僕に、彼女は余裕の笑みを返してきた。
<シーン2/レゼンルームの環境音>
SE(プレゼンルームの環境音)
女性:「今回の会長宅のリフォームでは、北欧スタイルを取り入れたいと思います。
自然素材の家具と柔らかな間接照明を活かした温かみのある空間。
リビングには、明るいオーク材のフローリングと、
シンプルなラインのソファを中心に、家族が集まりやすい配置を考えました。
壁面は自然光を反射するためのライトグレーのペイント。
昼間でも柔らかな光が部屋全体に広がるようにしています・・」
会長:「北欧スタイルねえ。
良さはわかるんだけど、ちょっと軽くないかね」
女性:「もちろん、会長のおっしゃる重厚感も大切だと考えています。
ダイニングにはウォールナットのテーブルを配置して、
高級感と重厚感を演出しました」
会長:「ウォールナットも悪くないんだけどなあ。
なんかピンとこないんだよ」
女性:「そうですか・・」
男性:「会長」
会長:「ん?きみは?」
男性:「建築士の設計コンサルタントです」
女性:「え?あなた・・・」

プレゼンルームの隅っこから声をあげたのはこの前ワークショップにいた青年。
男性:「会長、お孫さんはいらっしゃいますか?」
会長:「ああ、いるよ。まだ小学生だけど」
男性:「さきほど彼女、”家族が集まる場所”って言いましたよね。
ウォールナットは見た目の重厚感だけでなく、すごく耐久性が高い素材なんです。
例えば、お孫さんがテーブルの上で宿題をしたり、絵を描いたりしても、傷がつきにくい。
汚れにも強いから、食べこぼしても簡単に拭き取れます」
会長:「ほう」
男性:「ウォールナットはオーガニックで環境にも優しい。
化学処理が少なく、天然のままの風合いを生かしているので、
お孫さんが触れても安全です」
会長:「なるほど」
男性:「何より、ウォールナットは長年使い込むほどに味わいが増します。
家族が集まるたびに、このテーブルに思い出が刻まれていく。
ウォールナットと一緒に家族の年輪を刻んでいってはどうですか?」
会長:「うむ」
女性:言い終えたあと、彼は一瞬私の方へ視線を送り、ウィンクした。
あのとき私、あんなに厳しいこと言っちゃったのに。
でも、居心地の悪さより、救ってくれた嬉しさの方が勝(まさ)った。
施主も私たちも英顔でプレゼンルームをあとにする。

この一件以来、私と彼の距離は急速に縮まった。

彼は25歳。私よりひとつ年下。
設計コンサルタントとして働きながら、 インテリアデザイナーを目指している。

私たちは食事を共にする仲となり、
コーディネーターとデザイナーとしてリスペクトし合いながら 季節が巡っていった。
<シーン3/1年後のクリスマス>
SE(街角の環境音/クリスマスソング)
女性:「あのベンチ、なあに?」
男性:彼女と一緒に過ごすようになってから最初のクリスマス。
インテリアコーディネーターとインテリアデザイナーのデートスポットは・・・
そう、インテリアショップ。
最近の家具屋さんはオシャレなところが多いし、僕たちはここにいれば、何時間でも過ごすことができた。
女性:「昨日まであんなんなかったよね?」
男性:そのベンチは、リビングとダイニングの真ん中。
部屋と部屋の間に置かれていた。
女性:「なんか、書いてある・・・
ノルディックベンチ?」
男性:「君の好きな北欧スタイルだね」
女性:「ノルウェーのアルタ。
『北極の町』の教会に置かれていたベンチだって」
男性:「へえ〜。なにか謂れがあるのかな」
女性:「悲恋伝説らしいわ。
その代償として、このベンチに座るカップルは結ばれる・・」
男性:ドキっとした。
実は僕のカバンには、辞令が入っている。
東京支社への転勤の辞令。
僕は今日、それを彼女に告げなければならない。
女性:「どうする?」
男性:「いいじゃん。座ろうよ」
女性:「うん」
男性:僕がベンチに腰掛けると、彼女もゆっくりと腰をおろした。
女性:「実はね、話したいことがあるの」
男性:「え・・」
女性:「私、いまの会社、ハウスメーカーに入ってから
ずうっと海外勤務希望申請をだしてたの、知ってるでしょ」
男性:「うん・・」
女性:「それがね、急に決まっちゃったのよ」
男性:「あ・・・」
女性:「来年の春、LAに支社を開設するんだって」
男性:「そう・・・」
女性:「申請だしてたのさえ、忘れてたのに」
男性:「よ、よかったじゃないか・・・」
女性:「強制ではないんだけど、独身だと断りにくいから」
男性:彼女の言葉が途切れたのをきっかけに、僕も彼女に告白する。
男性:「実は僕も君に話があるんだ・・・」
女性:「え・・」
男性:「これを見てほしい」
女性:「なに」
男性:転勤の辞令を彼女に手渡す。
女性:「東京・・転勤・・・?」
男性:「来年早々から」
女性:本社勤務、ってことは栄転ね」
男性:「まあ、そうなるかな」
女性:「おめでとう」
男性:「いや、いかない」
女性:「え?」
BGM「インテリアドリーム」
男性:僕は彼女から辞令を返してもらう。
そして、目の前で、それを破った。
女性:「なにしてんの?」
男性:「なにって、辞令を破いてるんだよ」
女性:「どうして?」
男性:「僕がインテリアデザイナーを目指しているの、
君が一番知ってるじゃないか」
女性:「でも・・」
男性:「これでやっと踏ん切りがついた」
女性:「そんな・・」
男性:「だから、君の海外勤務は・・・」
女性:「もう断ったわ」
男性:「え?」
女性:「結婚する、ってウソついちゃった」
男性:「それ、ウソじゃない」
女性:「え?」
男性:「結婚しよう」
女性:「本気?」
男性:「もちろん。返事は?」
女性:「Yes!に決まってるじゃない」
男性:なんだか、いままで悩んでたことがおかしくなる。

ノルディックベンチ。

説明書きにあるように「永遠の愛を守る」という伝説は生きているようだ。
『永遠の愛を守る』ノルディックベンチに座って 僕たちは未来を語り合った。
SE(教会の鐘の音)
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!