「豚汁の香り〜食卓より愛をこめて」後編 2023年9月

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ボイスドラマの内容

登場人物

  • 母(54歳/47歳)・・・看護師/名古屋市内の総合病院のERで働く
  • 父(56歳/49歳)・・・一級建築士/東三河地区で不動産会社を経営
  • 娘(18歳)・・・看護師/名古屋市内の総合病院のERで働く

Story〜「豚汁の香り〜食卓より愛をこめて/後編」

<シーン1/父56歳/母54歳>
母:「ねえあなた、あの娘からきいた?」
父:食卓に座る妻が、キッチンの私に声をかける。
父:「なにを?」

私は料理の手を止めずに、妻の方を振り返る。
妻は、少しいじわるそうな笑顔で私の顔を見つめる。
母:「私たちに会わせたい人がいるって話」
父:「あ、ああ。聞いてるよ」

私は、つとめて冷静を装いながら答えると、
すぐにキッチンの方へ向きなおった。
妻は体を大きく乗り出し、私の方を覗き込むようにしてまた声をかける。
母:「だいじょうぶ?」
父:「な、なにが?」
母:「あなたの包丁のリズム、長調から短調に変わったわよ」
父:やっぱり、親子だな。
娘と同じことを言う。
あ、いや、感心してる場合ではない。
父:「なにばかなことを言ってるんだ。
さ、豚汁できあがるから」
母:「あら、今日も豚汁なの?」
父:「え」
母:「あの娘がうちに顔を出した日から、毎日豚汁作ってるわよ」
父:「え、そうだったかな」

妻がくすくすと音を立てないようにして笑う。
私もそれにつられて、笑う。
実は、我が家の食卓には、私が決めたルールがある。
それは、”食卓に座ったら笑顔になること”。
例外はない。
悲しいことがあったときも、辛いことがあったときも、
とりあえず、食卓に座ったら、難しい顔や怖い顔はやめる。
笑えなくても、口の端を上げる。
不条理なルールかもしれないが、
一応、妻も娘もちゃんと守ってきてくれた。
母:「そういえばあの娘が家を出る前の一ヶ月間も、あなた毎日豚汁作ってたわねえ」
父:「え、覚えてないな」
母:「あら、そう」
父:もちろん覚えている。
<シーン2/父49歳/母47歳/娘18歳>
父:あれは、娘が大学へ入学する前だった。
私の作る豚汁が食べたい、と、子供の頃のようにせがむ娘。
瞳をうるわせて訴えてくるものだから、私も心をこめて毎日作った。
父:「知ってるかい?豚汁っていうのは意外と奥が深いんだぞ。
まず、鍋に水を入れて火にかけ、沸騰したら一旦湯を捨てるんだ。
それからもう一度新しい水を入れる。
こうすると、スッキリとしたスープに仕上がるんだよ。
具材もただ煮るだけじゃないぞ。
ごぼうは皮をむいて縦に薄切りにしたら、水にさらしてアクを抜くんだ」

娘がまもなくここからいなくなる。
その寂しさを紛らわすように、私は饒舌になる。
娘は黙って、だが、我が家のルールを順守し、笑顔で私の話を聞く。
母:「パパの豚汁も、あと何回食べられるか、わかんないものね」
父:「縁起わるいこと言わないでくれよ。
外国へ行くわけじゃないし、
食べたくなったらいつだって帰ってくればいいじゃないか」
母:「パパの豚汁がこんなに美味しくなったのも、
あなたが子供の頃にいつも豚汁をおねだりしたおかげね」
父:私たちの会話を、娘はだまって聞いていた。
うるんだ瞳で、口角を上げて、微笑みながら。
母:「そういえば、この娘の家に食卓ってあったっけ?」
父:「決まってるじゃないか。パパと一緒に選んだんだから」
母:「1人暮らしのアパートでも、うちのルール適用したら?」
父:「うん?」
母:「”食卓に座ったら笑顔になること”」
父:娘は最初驚いた顔をしたが、やがて大きくうなづいた。
母:「ちゃんと食卓で食べるのよ」
父:娘の瞳がどんどんうるんでくる。
横を向き、下を向いて、ハンカチで瞳をぬぐうと
優しくあたたかい笑顔で顔を上げた。
父:「さあ、できたぞぉ。みんなで食べよう」
母:「パパも涙を拭ってからね」
父:「え・・・」

不覚だった。娘の方ばかり気にしていて、
自分の涙腺がゆるんでいたことに気づかなかった。
今度は娘が私を見て、泣き笑いする。
ああ、この瞬間が永遠に続けばいいのに・・・
私は心からそう願っていた・・・
<シーン3/父56歳/母54歳>
母:「思い出すわねえ・・・」
父:「なにを?」
母:「この食卓に座ってアニメを見ていたあの娘・・・」
父:「小学校にあがる前のことか・・・。
あの頃は確かもっとコンパクトな、丸い食卓テーブルだったな」
母:「あのとき、お医者さんのアニメを見て、私も医者になるんだって」
父:「そうだったなあ」
母:「で、結局ドクターでなく看護師の道を選んだんだけど」
父:「いつだってあの娘のやりたいことをさせてあげたつもりだが
それでよかったのかなぁ」
母:「よかったのよ。
いつだって、あなたのことをちゃんと考える優しい娘に育っているもの」
父:「そうだな」
母:「今日も豚汁を食べたいって、きっと言うわよ」
父:「え?今日?」
母:「そうよ。あなた、”うちへ連れてきなさい”って言ったんでしょ」
父:「え?な、なんだって!?」
母:「今日の豚汁は4人分ね」
父:「そんな・・・!急いで仕度しないと!」
 
早鐘のように胸の鼓動が高鳴る。
食卓に座る娘の笑顔が脳裏に浮かんだ。
”彼”にも、”食卓のルール”を教えてあげないとな。
早まる気持ちの先に、家族の幸せがつながっていく。
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