ボイスドラマを聴く
ボイスドラマの内容
登場人物
- 母(54歳/47歳)・・・看護師/名古屋市内の総合病院のERで働く
- 父(56歳/49歳)・・・一級建築士/東三河地区で不動産会社を経営
- 娘(18歳)・・・看護師/名古屋市内の総合病院のERで働く
Story〜「豚汁の香り〜食卓より愛をこめて/後編」
<シーン1/父56歳/母54歳> | |
母: | 「ねえあなた、あの娘からきいた?」 |
父: | 食卓に座る妻が、キッチンの私に声をかける。 |
父: | 「なにを?」 私は料理の手を止めずに、妻の方を振り返る。 妻は、少しいじわるそうな笑顔で私の顔を見つめる。 |
母: | 「私たちに会わせたい人がいるって話」 |
父: | 「あ、ああ。聞いてるよ」 私は、つとめて冷静を装いながら答えると、 すぐにキッチンの方へ向きなおった。 妻は体を大きく乗り出し、私の方を覗き込むようにしてまた声をかける。 |
母: | 「だいじょうぶ?」 |
父: | 「な、なにが?」 |
母: | 「あなたの包丁のリズム、長調から短調に変わったわよ」 |
父: | やっぱり、親子だな。 娘と同じことを言う。 あ、いや、感心してる場合ではない。 |
父: | 「なにばかなことを言ってるんだ。 さ、豚汁できあがるから」 |
母: | 「あら、今日も豚汁なの?」 |
父: | 「え」 |
母: | 「あの娘がうちに顔を出した日から、毎日豚汁作ってるわよ」 |
父: | 「え、そうだったかな」 妻がくすくすと音を立てないようにして笑う。 私もそれにつられて、笑う。 実は、我が家の食卓には、私が決めたルールがある。 それは、”食卓に座ったら笑顔になること”。 例外はない。 悲しいことがあったときも、辛いことがあったときも、 とりあえず、食卓に座ったら、難しい顔や怖い顔はやめる。 笑えなくても、口の端を上げる。 不条理なルールかもしれないが、 一応、妻も娘もちゃんと守ってきてくれた。 |
母: | 「そういえばあの娘が家を出る前の一ヶ月間も、あなた毎日豚汁作ってたわねえ」 |
父: | 「え、覚えてないな」 |
母: | 「あら、そう」 |
父: | もちろん覚えている。 |
<シーン2/父49歳/母47歳/娘18歳> | |
父: | あれは、娘が大学へ入学する前だった。 私の作る豚汁が食べたい、と、子供の頃のようにせがむ娘。 瞳をうるわせて訴えてくるものだから、私も心をこめて毎日作った。 |
父: | 「知ってるかい?豚汁っていうのは意外と奥が深いんだぞ。 まず、鍋に水を入れて火にかけ、沸騰したら一旦湯を捨てるんだ。 それからもう一度新しい水を入れる。 こうすると、スッキリとしたスープに仕上がるんだよ。 具材もただ煮るだけじゃないぞ。 ごぼうは皮をむいて縦に薄切りにしたら、水にさらしてアクを抜くんだ」 娘がまもなくここからいなくなる。 その寂しさを紛らわすように、私は饒舌になる。 娘は黙って、だが、我が家のルールを順守し、笑顔で私の話を聞く。 |
母: | 「パパの豚汁も、あと何回食べられるか、わかんないものね」 |
父: | 「縁起わるいこと言わないでくれよ。 外国へ行くわけじゃないし、 食べたくなったらいつだって帰ってくればいいじゃないか」 |
母: | 「パパの豚汁がこんなに美味しくなったのも、 あなたが子供の頃にいつも豚汁をおねだりしたおかげね」 |
父: | 私たちの会話を、娘はだまって聞いていた。 うるんだ瞳で、口角を上げて、微笑みながら。 |
母: | 「そういえば、この娘の家に食卓ってあったっけ?」 |
父: | 「決まってるじゃないか。パパと一緒に選んだんだから」 |
母: | 「1人暮らしのアパートでも、うちのルール適用したら?」 |
父: | 「うん?」 |
母: | 「”食卓に座ったら笑顔になること”」 |
父: | 娘は最初驚いた顔をしたが、やがて大きくうなづいた。 |
母: | 「ちゃんと食卓で食べるのよ」 |
父: | 娘の瞳がどんどんうるんでくる。 横を向き、下を向いて、ハンカチで瞳をぬぐうと 優しくあたたかい笑顔で顔を上げた。 |
父: | 「さあ、できたぞぉ。みんなで食べよう」 |
母: | 「パパも涙を拭ってからね」 |
父: | 「え・・・」 不覚だった。娘の方ばかり気にしていて、 自分の涙腺がゆるんでいたことに気づかなかった。 今度は娘が私を見て、泣き笑いする。 ああ、この瞬間が永遠に続けばいいのに・・・ 私は心からそう願っていた・・・ |
<シーン3/父56歳/母54歳> | |
母: | 「思い出すわねえ・・・」 |
父: | 「なにを?」 |
母: | 「この食卓に座ってアニメを見ていたあの娘・・・」 |
父: | 「小学校にあがる前のことか・・・。 あの頃は確かもっとコンパクトな、丸い食卓テーブルだったな」 |
母: | 「あのとき、お医者さんのアニメを見て、私も医者になるんだって」 |
父: | 「そうだったなあ」 |
母: | 「で、結局ドクターでなく看護師の道を選んだんだけど」 |
父: | 「いつだってあの娘のやりたいことをさせてあげたつもりだが それでよかったのかなぁ」 |
母: | 「よかったのよ。 いつだって、あなたのことをちゃんと考える優しい娘に育っているもの」 |
父: | 「そうだな」 |
母: | 「今日も豚汁を食べたいって、きっと言うわよ」 |
父: | 「え?今日?」 |
母: | 「そうよ。あなた、”うちへ連れてきなさい”って言ったんでしょ」 |
父: | 「え?な、なんだって!?」 |
母: | 「今日の豚汁は4人分ね」 |
父: | 「そんな・・・!急いで仕度しないと!」 早鐘のように胸の鼓動が高鳴る。 食卓に座る娘の笑顔が脳裏に浮かんだ。 ”彼”にも、”食卓のルール”を教えてあげないとな。 早まる気持ちの先に、家族の幸せがつながっていく。 |