「大学祭のピルエット〜新生活応援」後編 2023年11月

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ボイスドラマの内容

登場人物

  • 彼女(21歳/28歳)・・・大学生時代は演劇部とダンス部をかけもち/現在はミュージカル劇団に所属して舞台に立っている
  • 彼(22歳/29歳)・・・妻とは高校〜大学の同級生で演劇の世界に憧れるも挫折して会社員に/現在は証券会社の営業

(※脚注)

  • ピルエット・・・バレエ用語。 体を片脚で支え,それを軸に,そのままの位置でこまのように体を回転させること
  • マチソワ・・・フランス語。昼公演が「マチネ」(matinee)、夜公演が 「ソワレ」(soiree)。1日2回公演ある日にどちらも観劇することを「マチソワ」という

Story〜「大学祭のピルエット〜新生活応援/前編」

<シーン1/妻21歳/夫22歳>
彼:オープンカフェの前で、赤いドレスの彼女がピルエット(※)を舞う。
手作りの看板。手書きのメニュー。
大学祭の模擬店は、彼女のおかげで大賑わいだ。
母:「いらっしゃいませ!
ご注文は・・・?
え?ここに書いてあること?
もちろん、本当ですよ」
彼:メニューの横に赤い文字で書かれていたのは、『スペシャルパフェ』ご注文の方へ。
もれなく、キュートなダンサーがバレエを踊ります』
さっきから、彼女のダンスがひっきりなしにオーダーされる。
彼女:「ありがとうございました!」
彼:「大丈夫?疲れてない?もう10回以上続けて回ってるじゃん」
彼女:「ぜ〜んぜん大丈夫!あ〜楽しい〜!」
彼:大丈夫なわけないと思うんだけどなあ。
(※)マチソワでミュージカルの舞台をこなしながら、幕間で模擬店に立っているんだから。
僕なんて、午後1回の朗読劇だけで、ヘトヘトになっているっていうのに。
カメラを向けるお客さんの前でハイテンションのまま、今度はパンシェを決める。思わず見惚(みと)れてしまう。
彼女:「ねえ、模擬店ハケたら、家具屋さん行くこと覚えてる?」
彼:「ああ、もちろんさ」
彼女:「そっちも楽しみだなあ」
彼:大学を卒業したら1人暮らしをする彼女のために、今日夕方から家具屋さんに付き合うことになっている。
実は、昨日時間があいたから、1人で見に行ってきたんだ。
新生活応援フェア?とかいう、ちょうどぴったりなキャンペーンやってて、イケてる家具がいっぱい並んでた。
彼女に絶対似合いそうな白いベッドにソファ、食卓、スタンドミラー・・・
いつかそこに僕も・・・
いやいやいや、そうじゃなくて。
同じ志を持つ2人が、一緒に頑張っていければいいな・・・
っておんなじことか。
そんなこんなで、いろんなことを考えながら、店内を何周もしちゃったよ。
彼女:「ねえ、ごめんなさい。
ピルエットの注文いっぱい入っちゃった。
模擬店少し時間延長するってよ」
彼:「いいよいいよ、家具屋さんだって早仕舞いはしないから」
彼女:「ありがとう」
彼:結局、家具屋さんに着いたのは、もうほとんど閉店間際だった。
それでも、笑顔で迎えてくれるお店の人に感謝して、僕たちは家具の森を散策していった。
<シーン2/妻28歳/夫29歳>
彼女:「私、次の公演で舞台を降りるわ」
彼:「え?」
観劇の帰り道。彼女が笑顔で僕に言った。
おかげで今日話そうと思っていたことがすっかりどこかへいってしまった。
彼女:「大学卒業して、もう7年か・・・。
結構がんばってきたなあ」
彼:「どういうことだよ?」
彼女:「このままミュージカルを続けていってもプロとして大成できるとは思えないもの」
彼:「そんなことないよ。君ならなれるさ。
あきらめるのは僕だけでいいじゃないか」
彼女:「きっとあなたはそう言うと思ったわ」
彼:今度は僕の目を見て、寂しそうに笑う。
彼女の瞳、シチュエーションはまったく違うけど、あの日の瞳によく似ている。
当時は彼女も僕も高校生。
演劇部で舞台の背景係をしている彼女をからかったとき。
彼女は、僕の言葉を聞き流しながら、公演ポスターの前で寂しく笑っていた。
彼女:「でも・・・、私なんて無理だもん」
彼:そうつぶやいたあと、今度は僕の手をとり、少しいじわるそうに笑う。
彼女:「ねえ、今度のミュージカルのタイトル、知ってる?」
彼:「え?なに?いきなり?わかんないよ」
彼女:「大切なものは目に見えない・・・」
彼:「え・・・」
彼女:「そう。サン・テグジュペリ。星の王子さま」
彼:「あのときの・・・」
彼女:「はじめて私が舞台に立った朗読劇」
彼:「こんなことってあるんだな」
彼女:「あのときは、無我夢中で、考える間もなく幕引きになっちゃったけど」
彼:「そうだな。しかも僕の代役だったし」
彼女:「思えば、自分でもよくやったと思う」
彼:「本当だな。すごく眩しかった」
彼女:「なぁに言ってるの」
彼:「今回は、それをミュージカルでやるんだな」
彼女:「うん」
彼:「配役は?」
彼女:「うふふ」
彼:「キツネか!?そうなんだな!?」
彼女:「最後にふさわしいでしょ」
彼:最後、という言葉が僕の胸に突き刺さった。
ふいに僕は、今日彼女に会った本来の目的を思い出す。
「わかったよ。君の最後の花道にこれ以上のタイトルはない」
彼女:「ありがとう」
彼:「実は僕からも話があるんだ」
彼女:「なあに?」
彼:「このあと一緒に家具屋さんへ行かないか?」
彼女:「家具屋さん?7年前に行ったところ?」
彼:「うん」
彼女:「1人暮らしでもするの?」
彼:「未来を見にいきたいんだ」
彼女:「未来?」
彼:「できれば君と2人で生きていく未来」
彼女:「え・・・」
彼:「僕もやっと気づいたんだよ。
大切なものは目に見えない・・・」
彼女:「こころでみなくちゃ、ものごとはよく見えない」
彼:「そういうこと。
これからは・・・同じ家に帰ろう」
彼女:「はい」
彼:思えば10年前のあの日。
彼女に役を譲ったあのときから、僕はこの日を待っていたのかもしれない。
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