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ボイスドラマの内容
登場人物
- 女性(22歳)・・・この春から新社会人一年生。養護老人ホームで働きながら来年社会福祉士の資格をとり、市の社会福祉協議会へ転職したいと考えていたが・・・
- 老人(70歳)・・・5年前に長年勤めた不動産会社を定年退職。古希を迎えたのを機会に娘夫婦のすすめで養護老人ホームへ入居したが・・・
Story〜「風立ちぬ〜KICHI/前編」
<シーン1/老人ホームのエントランスロビー> | |
SE | (老人ホームの雑踏と小鳥のさえずり) |
彼女: | 「おはようございます!」 |
彼女: | 養護老人ホームのエントランス。 掃除の行き届いたロビーを通って 今日も元気に出勤する。 |
老人: | 「お、今朝も元気だねえ」 |
彼女: | 「あ〜、元気だけがとりえだって思ってるんでしょ」 |
老人: | 「ちゃうちゃう。今日も元気をもらえて若返るなあってこと」 |
彼女: | 「やだ、私の若さを持ってかないで〜」 |
老人: | 「あはははは。 風立ちぬ。さあ生きねばならぬ」 |
彼女: | 入居者の中で一番若いおじいちゃん。 いつもポール・ヴァレリーの詩を口にする。 この春入居したばかりで 元気いっぱい。 私も今年卒業して 施設で働き出した新人だからなぜか気が合うんだなあ。 だけど・・・ 実は、元気がいいのは朝の出勤時だけ。 夕方近くなってくると だんだんテンション下がってくるんだよね。 肩と腰の疲れもピークになってくるし。 これって・・・五月病? あ〜ん。もう〜だめだめ。そんなこと考えちゃ。 気持ちだけでもテンションあげてかないと。 にしても・・・ やっぱ疲れの原因は睡眠不足かなあ。 いやいや。 睡眠不足だから五月病になるわけで・・・ あ〜。 どっちにしても負のループ。断ち切らないと。 |
老人: | 「今日は早番かい?」 |
彼女: | 「そうよ〜、この笑顔を見られるのも夕方までってこと」 |
老人: | 「まあ、毎日一生懸命で疲れているだろうからな。 残業なんかはせずに帰ってゆっくり休みなさい」 |
彼女: | あ。 やっぱりわかっちゃうのかなあ。 疲れは顔に出るもんねー。 とはいえ 私にはちゃんと目標がある。 1年間老人ホームで働きながら勉強して、来年、社会福祉士の資格をとる! 合格率30%という 難関の資格だけど、がんばらなくちゃ。 私が卒業した四年生大学は、福祉系じゃなかったからね。 どうしても 1年以上の実務経験が必要になってくるんだ。 施設に入ったら すぐに初任者研修を受けて、いまはヘルパー。 社会福祉士になったら、市区町村の社会福祉協議会で働くつもり。 介護を受けたい人の相談を聞いて、少しでもお役に立ちたい。 まあ、今の仕事も同じだけどね。 |
老人: | 「あ、来年の社会福祉士試験のこと、考えてるな」 |
彼女: | 「なあに言ってるの?」 |
老人: | 「頑張るんだよ。応援してるから」 |
彼女: | 「ありがとう」 |
彼女: | こう言われるたびに うるっとしちゃう。 それを気づかれないようにして、食堂へ急いだ。 ラジオ体操のあとは 食事の介助。 みんなが朝食後 食卓でくつろいでいる間に お部屋を掃除する。 あら〜、入居者のベッド、だいぶんヘタってきてるなあ。 所長は新しいベッドに買い替えなきゃって言ってたけど50人分もあるから大変だわ。 腰が痛い人、肩こりがひどい人。 柔らかいマットレスがいい人、硬いマットレスじゃないと眠れない人。 高い枕が好きな人、低い枕しか受け付けない人。 もう、たいへん。 みんなのリクエストに答えることができるのかなあ。 それと気がかりなのは、私自身、最近ひどい不眠症。 仕事はやりがいがあるけど、時間が足りなくて。 なのに 働き方改革で早く帰りなさいって言われるし。 ストレスがどんどん溜まっていく。 なんとかしないといけない。 |
<シーン2/インテリアショップ> | |
彼女: | 「え?そうなんですか!?」 |
仕事帰りにふらっと立ち寄ったインテリアショップ。 ベッドコーナーで スリープアドバイザーに相談したら・・ | |
彼女: | 「枕やマットレスが不眠の原因になっているかも?」 |
そういえば、朝起きたら腰が痛かったり、 寝てるとき寝返りばっかりうってるかも。 ここんとこずうっと、ぐっすり眠れたことなんてないもの。 スリープアドバイザーは 測定器で 私の頭の形を 正確に測ってくれた。 あ、確かに首の深さに対して、今の枕は高すぎるかも。 | |
彼女: | 「ポケットコイル?」 |
最近よく聞くようになった、マットレスの素材名。 体圧分散性?どういうこと? 寝ているときに体にかかる圧力を分散する? ゴツゴツした感じじゃなくて、包み込むような感じ? へえ〜。 硬さも選べるんだ。 私は少し硬めがいいな。 お、私の給料でもなんとか買えそうだわ。 5年保証もついてるし。 よし。これに決めよう。 睡眠は 人生の1/3。 貴重な時間を 睡眠不足なんかで無駄にはできないもの。 私の人生を豊かにするためのベッドってこと。 あ、ちょっと待って。 これ、老人ホームのみんなにもいいんじゃない? こんなベッドなら、腰だの肩だの痛いって人にもいいかも。 私はすぐに所長に連絡を入れた。 | |
<シーン3/老人ホームの食堂> | |
老人: | 「ありがとう。おかげでぐっすり眠れるようになったよ」 |
彼女: | 「ホント?よかったあ」 |
老人: | 「朝起きたときに、体が疲れてないってのはいいもんだな」 |
彼女: | 「実は私もなんです。 枕とマットレスを変えてから 五月病も吹っ飛んじゃった」 |
老人: | 「なんだ、五月病だったのかい?」 |
彼女: | 「あ、しまった」 |
老人: | 「あんたはちゃんと目的を持ってるから。 五月病なんかには負けるわけがないよ」 |
彼女: | 「やだなあ。買いかぶりすぎだって」 |
老人: | 「そんなことはないさ。 だって、来年の今頃はここにはいないんだろ」 |
彼女: | 「うん・・・」 |
老人: | 「社会福祉士になって」 |
彼女: | 「うん・・・」 |
老人: | 「役場や役所で」 |
彼女: | 「うん・・・」 |
老人: | 「高齢者や病気の人の相談にのってくれるんだろ」 |
彼女: | 「うん」 |
老人: | 「なんてたっけなあ、えっとソーシャル・・・ソーシャル・・・」 |
彼女: | 「ソーシャルワーカーよ(笑)」 |
老人: | 「おうおう、そう、それそれ。 その、なんとかワーカーになって走り回ってほしい」 |
彼女: | 「もう(笑)」 |
老人: | 「ここからいなくなっちゃうのは寂しいけど、み〜んなあんたのこと、応援してるからな」 |
彼女: | 「ありがとう。がんばる」 |
老人: | 「まあ、もう一年くらい先延ばしにしてもらってもかまわんけどな」 |
彼女: | 「先延ばしになんてしません。ぜ〜ったい 来年受かってみせるから」 |
老人: | 「そうそう。その意気その意気」 |
彼女: | 最近入所者のみんなと話をすると必ずこの話になる。 応援してくれるのは嬉しいけど、プレッシャーも大きいんだぞ。 な〜んて口が裂けても言えないけどね(笑) 老人ホームのみんなに背中を押されて、仕事と勉強の春夏秋冬が通り過ぎていった。 |
<シーン4/老人ホームの朝の風景> | |
彼女: | 「おはようございます!」 |
老人: | 「やあ、おはよう」 |
彼女: | 「なあに?ニヤニヤして。 私の顔になんかついてる?」 |
老人: | 「いやいや、ちょっと、こっちへ」 |
彼女: | 「え〜。 これから申し送りしなきゃいけないし、レクの準備もあるから」 |
老人: | 「いいからいいから、はいこっちきて」 |
彼女: | 「どこ行くの? そっちはデイルームじゃない?」 |
老人: | 「さ、中入って?」 |
彼女: | 「もう・・・」 |
SE | (扉を開ける音「ガラガラガラ〜」) |
彼女: | 「あ」 |
全員: | 「おめでとう!」 |
SE | (20〜30人くらいの拍手) |
BGM | ♪インテリアドリーム |
老人: | 「晴れて社会福祉士だな」 |
彼女: | 「そっかぁ・・・合格発表今日だったんだ」 |
老人: | 「なんだなんだ。こんな大事な日を忘れてたって?」 |
彼女: | 「だって、毎日バタバタだったんだもの」 |
老人: | 「おい所長、聞いてるか。 こき使いすぎじゃないか〜」 |
彼女: | 「え・・所長もいたの!?(笑)」 |
入所者の輪の中から所長が恥ずかしそうに顔を出す。 デイルームには 風船やら紙テープやらで手作りの装飾がほどこされている。 中央の窓際には、横断幕に、『社会福祉士おめでとう!』の筆文字。 ああ、そういえば書道の有段者もいたんだった。 | |
老人: | 「昨夜(夕べ)、消灯時間超えてまでみんなで作ったんだよ」 |
彼女: | 「だめじゃない。そんなことしちゃ。 定時の見回りとかこなかったの?」 |
老人: | 「いや、所長も一緒になって手伝ってくれたから」 |
彼女: | 「ええっ?」 |
頭をかきながら、所長が入所者たちと一緒に笑っている。 | |
老人: | 「風立ちぬ。さあ生きねばならぬ」 |
彼女: | そうね。 やっぱり、もう少しだけここで生きていこうかな。 |