「風立ちぬ〜KICHI/前編」 2024年5月

ボイスドラマを聴く

ボイスドラマの内容

登場人物

  • 女性(22歳)・・・この春から新社会人一年生。養護老人ホームで働きながら来年社会福祉士の資格をとり、市の社会福祉協議会へ転職したいと考えていたが・・・
  • 老人(70歳)・・・5年前に長年勤めた不動産会社を定年退職。古希を迎えたのを機会に娘夫婦のすすめで養護老人ホームへ入居したが・・・

Story〜「風立ちぬ〜KICHI/前編」

<シーン1/老人ホームのエントランスロビー>
SE(老人ホームの雑踏と小鳥のさえずり)
彼女:「おはようございます!」
彼女:養護老人ホームのエントランス。
掃除の行き届いたロビーを通って 今日も元気に出勤する。
老人:「お、今朝も元気だねえ」
彼女:「あ〜、元気だけがとりえだって思ってるんでしょ」
老人:「ちゃうちゃう。今日も元気をもらえて若返るなあってこと」
彼女:「やだ、私の若さを持ってかないで〜」
老人:「あはははは。
風立ちぬ。さあ生きねばならぬ」
彼女:入居者の中で一番若いおじいちゃん。
いつもポール・ヴァレリーの詩を口にする。
この春入居したばかりで 元気いっぱい。
私も今年卒業して 施設で働き出した新人だからなぜか気が合うんだなあ。
だけど・・・
実は、元気がいいのは朝の出勤時だけ。
夕方近くなってくると だんだんテンション下がってくるんだよね。
肩と腰の疲れもピークになってくるし。
これって・・・五月病?
あ〜ん。もう〜だめだめ。そんなこと考えちゃ。
気持ちだけでもテンションあげてかないと。
にしても・・・
やっぱ疲れの原因は睡眠不足かなあ。
いやいや。
睡眠不足だから五月病になるわけで・・・
あ〜。
どっちにしても負のループ。断ち切らないと。
老人:「今日は早番かい?」
彼女:「そうよ〜、この笑顔を見られるのも夕方までってこと」
老人:「まあ、毎日一生懸命で疲れているだろうからな。
残業なんかはせずに帰ってゆっくり休みなさい」
彼女:あ。
やっぱりわかっちゃうのかなあ。
疲れは顔に出るもんねー。
とはいえ 私にはちゃんと目標がある。
1年間老人ホームで働きながら勉強して、来年、社会福祉士の資格をとる!
合格率30%という 難関の資格だけど、がんばらなくちゃ。
私が卒業した四年生大学は、福祉系じゃなかったからね。
どうしても 1年以上の実務経験が必要になってくるんだ。
施設に入ったら すぐに初任者研修を受けて、いまはヘルパー。
社会福祉士になったら、市区町村の社会福祉協議会で働くつもり。
介護を受けたい人の相談を聞いて、少しでもお役に立ちたい。
まあ、今の仕事も同じだけどね。
老人:「あ、来年の社会福祉士試験のこと、考えてるな」
彼女:「なあに言ってるの?」
老人:「頑張るんだよ。応援してるから」
彼女:「ありがとう」
彼女:こう言われるたびに うるっとしちゃう。
それを気づかれないようにして、食堂へ急いだ。
ラジオ体操のあとは 食事の介助。
みんなが朝食後 食卓でくつろいでいる間に お部屋を掃除する。
あら〜、入居者のベッド、だいぶんヘタってきてるなあ。
所長は新しいベッドに買い替えなきゃって言ってたけど50人分もあるから大変だわ。
腰が痛い人、肩こりがひどい人。
柔らかいマットレスがいい人、硬いマットレスじゃないと眠れない人。
高い枕が好きな人、低い枕しか受け付けない人。
もう、たいへん。
みんなのリクエストに答えることができるのかなあ。
それと気がかりなのは、私自身、最近ひどい不眠症。
仕事はやりがいがあるけど、時間が足りなくて。
なのに 働き方改革で早く帰りなさいって言われるし。
ストレスがどんどん溜まっていく。
なんとかしないといけない。
<シーン2/インテリアショップ>
彼女:「え?そうなんですか!?」
仕事帰りにふらっと立ち寄ったインテリアショップ。
ベッドコーナーで スリープアドバイザーに相談したら・・
彼女:「枕やマットレスが不眠の原因になっているかも?」
そういえば、朝起きたら腰が痛かったり、
寝てるとき寝返りばっかりうってるかも。
ここんとこずうっと、ぐっすり眠れたことなんてないもの。
スリープアドバイザーは 測定器で 私の頭の形を 正確に測ってくれた。
あ、確かに首の深さに対して、今の枕は高すぎるかも。
彼女:「ポケットコイル?」
最近よく聞くようになった、マットレスの素材名。
体圧分散性?どういうこと?
寝ているときに体にかかる圧力を分散する?
ゴツゴツした感じじゃなくて、包み込むような感じ?
へえ〜。
硬さも選べるんだ。
私は少し硬めがいいな。
お、私の給料でもなんとか買えそうだわ。
5年保証もついてるし。
よし。これに決めよう。
睡眠は 人生の1/3。
貴重な時間を 睡眠不足なんかで無駄にはできないもの。
私の人生を豊かにするためのベッドってこと。
あ、ちょっと待って。
これ、老人ホームのみんなにもいいんじゃない?
こんなベッドなら、腰だの肩だの痛いって人にもいいかも。
私はすぐに所長に連絡を入れた。
<シーン3/老人ホームの食堂>
老人:「ありがとう。おかげでぐっすり眠れるようになったよ」
彼女:「ホント?よかったあ」
老人:「朝起きたときに、体が疲れてないってのはいいもんだな」
彼女:「実は私もなんです。
枕とマットレスを変えてから 五月病も吹っ飛んじゃった」
老人:「なんだ、五月病だったのかい?」
彼女:「あ、しまった」
老人:「あんたはちゃんと目的を持ってるから。
五月病なんかには負けるわけがないよ」
彼女:「やだなあ。買いかぶりすぎだって」
老人:「そんなことはないさ。
だって、来年の今頃はここにはいないんだろ」
彼女:「うん・・・」
老人:「社会福祉士になって」
彼女:「うん・・・」
老人:「役場や役所で」
彼女:「うん・・・」
老人:「高齢者や病気の人の相談にのってくれるんだろ」
彼女:「うん」
老人:「なんてたっけなあ、えっとソーシャル・・・ソーシャル・・・」
彼女:「ソーシャルワーカーよ(笑)」
老人:「おうおう、そう、それそれ。
その、なんとかワーカーになって走り回ってほしい」
彼女:

「もう(笑)」

老人:「ここからいなくなっちゃうのは寂しいけど、み〜んなあんたのこと、応援してるからな」
彼女:「ありがとう。がんばる」
老人:「まあ、もう一年くらい先延ばしにしてもらってもかまわんけどな」
彼女:「先延ばしになんてしません。ぜ〜ったい 来年受かってみせるから」
老人:「そうそう。その意気その意気」
彼女:最近入所者のみんなと話をすると必ずこの話になる。
応援してくれるのは嬉しいけど、プレッシャーも大きいんだぞ。
な〜んて口が裂けても言えないけどね(笑)
老人ホームのみんなに背中を押されて、仕事と勉強の春夏秋冬が通り過ぎていった。
<シーン4/老人ホームの朝の風景>
彼女:「おはようございます!」
老人:「やあ、おはよう」
彼女:「なあに?ニヤニヤして。
私の顔になんかついてる?」
老人:「いやいや、ちょっと、こっちへ」
彼女:「え〜。
これから申し送りしなきゃいけないし、レクの準備もあるから」
老人:「いいからいいから、はいこっちきて」
彼女:「どこ行くの?
そっちはデイルームじゃない?」
老人:「さ、中入って?」
彼女:「もう・・・」
SE(扉を開ける音「ガラガラガラ〜」)
彼女:「あ」
全員「おめでとう!」
SE(20〜30人くらいの拍手)
BGM♪インテリアドリーム
老人:「晴れて社会福祉士だな」
彼女:「そっかぁ・・・合格発表今日だったんだ」
老人:「なんだなんだ。こんな大事な日を忘れてたって?」
彼女:「だって、毎日バタバタだったんだもの」
老人:

おい所長、聞いてるか。
こき使いすぎじゃないか〜

彼女:「え・・所長もいたの!?(笑)」
入所者の輪の中から所長が恥ずかしそうに顔を出す。
デイルームには 風船やら紙テープやらで手作りの装飾がほどこされている。
中央の窓際には、横断幕に、『社会福祉士おめでとう!』の筆文字。
ああ、そういえば書道の有段者もいたんだった。
老人:「昨夜(夕べ)、消灯時間超えてまでみんなで作ったんだよ」
彼女:「だめじゃない。そんなことしちゃ。
定時の見回りとかこなかったの?」
老人:「いや、所長も一緒になって手伝ってくれたから」
彼女:「ええっ?」
頭をかきながら、所長が入所者たちと一緒に笑っている。
老人:「風立ちぬ。さあ生きねばならぬ」
彼女:そうね。
やっぱり、もう少しだけここで生きていこうかな。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!